怪夢(夢野久作)のあらすじ・登場人物
悪夢のような六つの掌編
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 11,106字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
夢野久作の連作掌編。「工場」「空中」「街路」「病院」の四篇を1931年(昭和6年)10月の「文学時代」に、「七本の海藻」「硝子世界」の二篇を1932年6月の「探偵クラブ」に発表した。いずれも「私」の一人称で語られる悪夢のような断章で、父の急死で鉄工場を継いだ新米の主人、搭乗者が二度も行方不明になった偵察機に乗る中尉、深夜の東京で奇妙な自動車とすれ違う男、沈没船を探して海の底へ降りる潜水夫などが、それぞれ不吉な予感のなかに置かれる。「……」を多用した短い文をたたみかける文体で、日常の光景が一瞬で反転する恐怖を描く。
あらすじ
「工場」では、父の急死で鉄工場を継いだ若い主人の「私」が、多くの職工の命を奪ってきた機械を初めて動かし、得意の絶頂で、クレーンに吊られた灼熱の坩堝が鼻先に迫るのに飛びのく。工場じゅうの物音が「ザマア見やがれ」と嘲笑う。
「空中」では、搭乗者が二度も空中で消えたという偵察機T11に乗ったY中尉の「私」が、雲の上で自分の機とそっくりの機に正面から迫られ、相手の機体にもT11の番号を見る。私は座席から飛び出し、パラシュートを開かないまま、私そっくりの相手と並んで落ちていく。「街路」では、深夜の東京で人形のような人々を乗せた自動車がすれ違い、最後に私自身の結婚式当日の姿が前後から近づいて来る。
「病院」では、精神病院の檻に入れられた私の前に、かつてその病院で研究していた白衣の私が現れ、お前を完全に発狂させるのが学位論文だと言う。私は檻ごしに相手を殴り倒して笑う。「七本の海藻」では、金貨を積んで沈んだオーラス丸を探す潜水夫の私が、海の底で七本の海藻の形をした袋から、殺されて沈められた船長一家と水夫たちの声を聞き、その張本人の水夫長が自分だったことを思い出す。「硝子世界」では、すべてが透き通った硝子の世界で女を殺した私が、スケートで追ってくる名探偵から逃げるうちに地平線の端から無限の空間へ落ち、探偵に、貴様を硝子の世界から追い出すのが目的だったと告げられる。
登場人物
- 私 各篇の語り手。鉄工場の若い主人、飛行将校、深夜の東京を歩く男、精神病院の患者、潜水夫、殺人者として悪夢のような体験をする
- 診察着の私 「病院」で檻の外に現れる、もう一人の私
- 名探偵 「硝子世界」で私を追ってくる探偵
冒頭部(原文より)
厳かに明るくなって行く鉄工場の霜朝である。 二三日前からコークスを焚き続けた大坩堝が、鋳物工場の薄暗がりの中で、夕日のように熟し切っている時刻である。 黄色い電燈の下で、汽鑵の圧力計指針が、二百封度を突破すべく、無言の戦慄を続けている数分間である。 真黒く煤けた工場の全体に、地下千尺の静けさが感じられる一刹那である。
「怪夢」夢野久作(青空文庫)
末尾部(原文より)
「わかったか……貴様を硝子の世界から逐い出すのが、俺の目的だったのだぞ」 「……………」 初めて計られた事を知った私は、無念さの余り両手を顔に当てた。大きな声でオイオイ泣き出しながら無限の空間を、どこまでもどこまでも落ちて行った……。
「怪夢」夢野久作(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。