アプリで読む

無料・登録不要

紀伊国狐憑漆掻語(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

狐に誘われた夜の五日間

  • 怪奇
  • 幻想

谷崎潤一郎 1931年(昭和6年)9月 「改造」

文字数
9,139字
読了目安
約18分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 和歌山県

この作品について

谷崎潤一郎が1931年(昭和6年)9月、雑誌「改造」に発表した怪異譚。紀伊の山村に住む男が、同じ村の漆掻きに起こった狐憑きの出来事を、聞き手に向かって語って聞かせる口述体で書かれ、全体が土地の言葉まじりの一人語りになっている。狐に誘われて夜の山野を引き回される恐ろしさと可笑しみ、河童(ガータロ)が棲む淵をめぐる村の言い伝えなどが、淡々とした話しぶりの中に重ねられる。題は『今昔物語集』の説話の題を思わせる形をしている。

あらすじ

語り手は、高野山の南三里ほどの山奥の村に住む男で、村の漆掻きの丑次郎に起こった狐憑きの話を、聞き手に向かって語る。ある夏の日、丑次郎は山で昼寝をして夕立に目を覚まし、狐に憑かれたのではないかと思う。家に帰って寝込むと、夜ごとに法被を着た三人の小男が「行こら行こら」と誘いに来る。三日目の晩、とうとう家を抜け出した丑次郎は、麻畑の中で遊んで御馳走になり、翌晩は河童(ガータロ)の棲むトチ淵へ連れて行かれる。語り手は、その淵で河童に見込まれて死んだ子守りの少女や、鉄気のものを投げて難を逃れた友人の話をはさむ。五日目の晩には、伊勢の松阪の料理屋で御馳走になったと思い込み、ヤカンダニやイカキ山を引き回され、夜明けには村の阿弥陀堂の裏堂へ連れ込まれて寝る。朝、小便に出た丑次郎を、捜索隊に加わっていた語り手が見つけて取り押さえる。行者の祈禱で一週間ほどで正気に戻った丑次郎が語った道筋には、お堂の屋根の穴、擦りむいた脛、木に引っかかった褌と、確かめられる証拠が残っていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

漆掻きと云ったって都会の人は御存知ないかも知れませんが、山の中へ這入って行って漆の樹からうるしの汁をしぼるんです。いいえ、なかなか、百姓の片手間ではありません。ちゃんとそれを専門にする者があったんで、近頃はめったに見かけませんけれども、外国の安い漆が輸入されるようになったそうですから、いまどきあんなことをしても手間ばかりかかって引き合わないんでしょうな。兎に角以前には私の村なんかへもよく漆かきが奈良あたりからやって来たもんです。漆鉋と云って、鎌のようなもので先の曲った奴を持って、腰に三四合ぐらい這入る竹の筒を提げて、漆を見つけると、その鉋で皮へ傷をつける。それがあんまり深く傷をつけ過ぎてもいけないし、浅過ぎてもいけないし、呼吸物なんで、その傷口から松脂のようにどろりと滲み出て来る汁を箆ですくって竹の筒へ入れる。そんな時にうっかり下手なことをやって汁が顔へはねかかったりすると、それこそ赤く脹れ上りますから、馴れた者でないと出来ない仕事なんでして、漆にカブレないように紺の手甲を着けて、すっかり紺装束で出掛ける。

「紀伊国狐憑漆掻語」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

当人も、「そうそう、己はあの棕櫚山を上る時に怪我をした筈だが」と云って、脚を出して見ると、たしかに皮が擦り剥けている。フンドシの解けたのなんぞも、よっぽどたってからイカキ山へ芝刈りに行った女が、木の枝に引っかかっているのを見つけて、ひどく恐がって逃げて来たことがありました。その外何処でこういうことがあったと云う所を調べてみると、大体その地点に證拠が残っていたんですから、それを考えても出鱈目じゃあないんですな。縄の帯をしていたのも、歩いているうちに帯が解けたんで、無意識ながら縄を拾って締めたんでしょうな。そののちその男は一年ぐらい多少ぼんやりしていましたが、今でも酔っ拂った時なんかに、「狐つきの話をしろ」と云うと、笑いながら話し出すんです。

「紀伊国狐憑漆掻語」谷崎潤一郎(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品