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母(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

精神病院の友と冷たい母

  • 心理
  • 家族

坂口安吾 1932年(昭和7年)6月 「東洋・文科」

文字数
4,464字
読了目安
約9分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

1932年(昭和7年)6月、同人誌「東洋・文科」の創刊号に発表された坂口安吾の初期の短編。精神病院に入院した友人、辰夫を毎日見舞う「私」が、辰夫の冷たい母親と、辰夫が母にいだく空想の板ばさみになる。病院の面会室の寒々しさや、見舞いを続ける側の気後れが細かく描かれる。語りは自嘲気味で、母親という存在の底の知れなさが結びに現れる。

あらすじ

秀才の友人、辰夫は、遺伝による周期的な発狂で精神病院に入院し、全快しても、公費患者のため保護者の保証がなければ退院できない。家族は見舞いにも来ず、「私」は辰夫の泣きすがる求めに負けて毎日面会に通う。話の種が尽きて沈黙に悩みつつも、私は断れない。また私は、退院の手続きと差し入れを頼みに辰夫の母を訪ねるが、母は息子を気違いとののしり、私を軽蔑する。辰夫は母の愛を信じようとしており、私が母を冷たいと言ってしまうと、静かに頭を垂れる。私は混乱して、友情などなかった、病院の受付の看護婦が目当てだ、と口走る。それでも辰夫は礼を言う。春が近づくころ、辰夫は退院でき、遠方の私鉄の改札係になる。私が訪ねてゆくと、辰夫は不在で、迎えた老母は温顔で深く感謝を述べた。母親ほど底の知れないものはないと思い知らされる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 畏友辰夫は稀に見る秀才だつたが、発狂してとある精神病院へ入院した。辰夫は周期的に発狂する遺伝があつて、私が十六の年彼とはぢめて知つた頃も少し変な時期だつた。これ迄は自宅で療養してゐたが、この時は父が死亡して落魄の折だから三等患者として入院し、更に又公費患者に移されてゐた。

「母」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 一日私は広茫たる水田のほとりへ辰夫を訪れた。折悪しく辰夫は社用で不在だつたが、あの神経質な又冷淡な母親を予想してゐた私は、そこに全く思ひがけない物静かな、その温顔に神へのやうな深い感謝を私に浴せる老いたる母を見出して呆然としてゐた。私は田園の長い夜道を辿り乍ら、改めて歎息に似た自卑と共に、世に母親ほど端倪すべからざるものはないと教へられた。

「母」坂口安吾(青空文庫)

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