母を恋うる記(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
月の海辺で母を探す夢
- 心理
- 文字数
- 18,434字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
谷崎潤一郎が1919年(大正8年)、「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」に連載した短編小説。幼くして親しんだ母への尽きせぬ思慕を、夢幻的な物語に昇華させた一編である。月の明るい海辺の道を、幼い姿の「私」が母を探してさまよう夢――道行きのなかで出会う人々が、少年の心を乱していく。甘美で幻想的な文体でつづられた、谷崎の母恋物の名品である。
あらすじ
ある月の明るい晩、「私」は、どこともしれぬ海辺の白い街道を、母を探してひとりさまよっている。松並木のつづく道に、どこからか三味線の音が流れ、「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい」と泣く子どもの声が聞こえてくる。「私」は七つ八つの臆病な子どもで、賑やかな日本橋にあった家が没落して片田舎へ引っ越し、可愛がってくれた乳母もいなくなった、そのやるせない悲しみに胸を満たしている。電信柱を一本、二本と数えながら心細い夜道を歩き続けるうち、やがて「私」は一人の美しい若い女に出会う。粋な姿のその女こそ、若かりし日の「私」の母にほかならなかった――。やがて「私」は夢からさめる。夢のなかでほんとうに泣いていたと見えて、枕は涙に濡れていた。自分はもう三十四歳になり、母は一昨年の夏に世を去っている。そう思うと、新しい涙がまた枕に落ちる。あの三味線の音が、あの世からのおとずれのように、まだ耳の底に遠く響いていた。失われた母への尽きせぬ恋慕を、谷崎が甘美で幻想的な文体でつづった、母恋物の名品である。
登場人物
- 私 月夜の海辺の道を、母を探してひとりさまよう子ども(夢のなかの「私」)。家が没落し、乳母もいなくなり、理由の知れぬ悲しみに胸を満たす。目覚めると三十四歳で、母は二年前に世を去っている
- 母 若く美しい姿で、夢のなかの「私」の前に現れる、亡き母の面影
冒頭部(原文より)
いにしへに恋ふる鳥かもゆづる葉の 三井の上よりなき渡り行く ―――万葉集――― ………空はどんよりと曇って居るけれど、月は深い雲の奥に呑まれて居るけれど、それでも何処からか光が洩れて来るのであろう、外の面は白々と明るくなって居るのである。その明るさは、明るいと思えば可なり明るいようで、路ばたの小石までがはっきりと見えるほどでありながら、何だか眼の前がもやもやと霞んで居て、遠くをじっと見詰めると、瞳が擽ったいように感ぜられる、一種不思議な、幻のような明るさである。
「母を恋うる記」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
私はふと眼を覚ました。夢の中でほんとうに泣いていたと見えて、私の枕には涙が湿っていた。自分は今年三十四歳になる。そうして母は一昨年の夏以来この世の人ではなくなっている。―――この考が浮かんだ時、更に新しい涙がぽたりと枕の上に落ちた。 「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい。………」 あの三味線の音が、まだ私の耳の底に、あの世からのおとずれの如く遠く遥けく響いていた。
「母を恋うる記」谷崎潤一郎(青空文庫)
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