じゅりあの・吉助(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
神聖な愚人の殉教
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 1,958字
- 読了目安
- 約4分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長崎県
この作品について
芥川龍之介の切支丹物の短編。肥前浦上村の愚鈍な下男・吉助が、隠れて信仰を守ったすえに磔となるまでを、三つの章で伝説のように語る。奉行との問答に出てくる吉助の「信仰」は、正統の教えとは少し変わっている。作者は末尾で、日本の殉教者のなかで最も愛している「神聖な愚人」だと書く。「新小説」1919(大正8)年9月号に発表。二千字に満たない小品。
あらすじ
肥前国浦上村の吉助は、早くに父母を失い、土地の乙名・三郎治の下男になった。性来愚鈍で朋輩の弄り物にされていたが、十八、九のとき三郎治の一人娘・兼に恋をして出奔する。三年後、乞食のような姿で戻った吉助は、前と同じように働いた。やがて朝夕に十字を切って祈ることを朋輩に見つかり、長崎の牢屋へ送られる。奉行の吟味に吉助は素直に切支丹であると答え、自分の信じるえす・きりすと様は紫の大振袖を着た美しい若衆で、さんた・まりや姫に恋をして焦がれ死にした方だと述べる。その教えは見知らぬ紅毛人から海辺で伝授されたと言って、どれだけ吟味されても主張を変えなかった。吉助は定めのとおり磔に処される。祈りの声とともに空に雲が湧いて大雷雨となり、雨が上がったとき吉助はすでに息絶えていた。死骸を下ろすと美しい香りがし、口からは一本の白い百合の花が咲き出ていたという。
冒頭部(原文より)
じゅりあの・吉助は、肥前国彼杵郡浦上村の産であった。早く父母に別れたので、幼少の時から、土地の乙名三郎治と云うものの下男になった。が、性来愚鈍な彼は、始終朋輩の弄り物にされて、牛馬同様な賤役に服さなければならなかった。
「じゅりあの・吉助」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼の死骸を磔柱から下した時、非人は皆それが美妙な香を放っているのに驚いた。見ると、吉助の口の中からは、一本の白い百合の花が、不思議にも水々しく咲き出ていた。 これが長崎著聞集、公教遺事、瓊浦把燭談等に散見する、じゅりあの・吉助の一生である。
「じゅりあの・吉助」芥川龍之介(青空文庫)
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