春の盗賊(太宰治)のあらすじ・登場人物
どろぼうに文学を説く夜
- 風刺
- 心理
- 文字数
- 29,213字
- 読了目安
- 約58分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1940年(昭和15年)1月、雑誌「文芸日本」に発表された短編。借金や悪評にまみれた作家が、世評をめぐる長い自己弁明を述べたのち、「これはフィクションです」と断りつつ、夜中に忍び込んだ泥棒を座敷に招き入れて語り合った顛末を語る。恐怖が饒舌に変わっていく可笑しさと、作家の虚栄・不安が重なる、冒頭に「わが獄中吟」と添えられた一編。
あらすじ
作家の「私」は、借金と悪評にまみれた自分を弁明し、世評を無視して生きられぬこと、ゲーテに学んだ「自己を制限し、孤立させる」という教えを語る。そのうえで「全部嘘です」と断って、昨夜泥棒に入られた話を始める。数日前から泥靴の夢や「やって来たのは、ガスコン兵」という言葉が口をついて出ていた。四月十七日の夜、不眠で寝床にいると、雨戸の隙間から白い手が出た。私は思わずその手を握りしめ、「おゆるし下さい」という泣き声に勝利を感じて、泥棒を座敷に入れてしまう。電気を消し、顔を見ていないことにして安心させるが、机の引き出しには生活費の二十円しかない。泥棒は黙ってその金を取り、私は一人で泥棒の素性や盗みの物語を勝手にしゃべり続ける。気づくと泥棒の姿はなく、妻に「どろぼうに文学を説かないで」と言われ、私は現実が嫌になる。
登場人物
- 私 生活費二十円で暮らす作家。泥棒を座敷に招き入れる
- 妻 騒ぎのあいだ俯せになってやり過ごした、私の妻
- 泥棒 撫で肩で小柄な、声の細い人物。作中で女ではないかと疑われる
冒頭部(原文より)
あまり期待してお読みになると、私は困るのである。これは、そんなに面白い物語で無いかも知れない。どろぼうに就いての物語には、違いないのだけれど、名の有る大どろぼうの生涯を書き記すわけでは無い。私一個の貧しい経験談に過ぎぬのである。
「春の盗賊」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
「わかった。やっぱり、変質者か。」結婚して、はじめて、このとき、家内をぶん殴ろうかと思った。どろぼうに見舞われたときにも、やはり一般市民を真似て、どろぼう、どろぼうと絶叫して、ふんどしひとつで外へ飛び出し、かなだらいたたいて近所近辺を駈けまわり、町内の大騒ぎにしたほうが、いいのか。それが、いいのか。私は、いやになった。それならば、現実というものは、いやだ! 愛し、切れないものがある。あの悪徳の、どろぼうにしても、この世のものは、なんと、白々しく、興覚めのものか。ぬっとはいって来て、お金さらって、ぬっとかえった。それだけのものでは、ないか。この世に、ロマンチックは、無い。私ひとりが、変質者だ。そうして、私も、いまは営々と、小市民生活を修養し、けちな世渡りをはじめている。いやだ。私ひとりでもよい。もういちど、あの野望と献身の、ロマンスの地獄に飛び込んで、くたばりたい! できないことか。いけないことか。この大動揺は、昨夜の盗賊来襲を契機として、けさも、否、これを書きとばしながら、いまのいままで、なお止まず烈しく継続しているのである。
「春の盗賊」太宰治(青空文庫)
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