葉桜と魔笛(太宰治)のあらすじ・登場人物
葉桜のころ響いた不思議な口笛
- 心理
- 家族
- 文字数
- 6,139字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 島根県
この作品について
太宰治が1939年(昭和14年)6月、『若草』に発表した短編。日露戦争のころ、島根の城下町で父と妹と暮らしていた日々を、年老いた夫人が三十五年を隔てて語る形をとる。病の床にある妹と、その文箱に残された手紙、そして葉桜の季節にどこからか聞こえてきた口笛。女性の語りを通して肉親の情と信仰がしっとりと描かれ、題名の「魔笛」が何を指すのかが、読みの鍵となる。
あらすじ
——葉桜のころになると、私はきっと思い出します、とその老夫人は語りだす。いまから三十五年まえ、日露戦争のさなか、私は二十歳、妹は十八。中学校長の父と三人で島根の城下町に暮らしていた。妹は腎臓結核で、医者から余命百日と告げられていた。死を知らぬ妹は、寝床で明るく歌をうたい、姉に甘える。ある日、姉は妹の文箱から、若い男とやりとりした大量の恋文を見つけてしまう。妹の身を案じ、姉はその手紙の秘密に胸を痛める。やがて姉は、妹を慰めようと一計を案じ、その男になりかわって最後の手紙をしたためる。すると葉桜の夕暮れ、約束したとおり、どこからともなく口笛の音が響いてくる。妹は神の恵みと信じ、三日後に安らかに息をひきとる。あれは神さまのおぼしめしか、それとも厳格な父が一世一代に演じた狂言だったのか——老夫人は、年老いたいまも、その口笛の正体をはかりかねている。
登場人物
- 私(老夫人) 三十五年前の妹の死を語る姉。当時二十歳
- 妹 腎臓結核で死んでゆく美しい妹。当時十八歳
- 父 中学校長の、頑固一徹な学者気質の父
- M・T 妹と恋文をやりとりした若い男
冒頭部(原文より)
桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございました。
「葉桜と魔笛」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業ではなかったろうかと、なんだかそんな疑いを持つこともございます。学校のおつとめからお帰りになって、隣りのお部屋で、私たちの話を立聞きして、ふびんに思い、厳酷の父としては一世一代の狂言したのではなかろうか、と思うことも、ございますが、まさか、そんなこともないでしょうね。いや、やっぱり神さまのお恵みでございましょう。
「葉桜と魔笛」太宰治(青空文庫)
名文
桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。
老夫人が三十五年前の出来事を語り始める書き出し。病で死の迫った妹と、どこからか聞こえてきた口笛の思い出が、葉桜の季節とともに呼び起こされる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。