一塊の土(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
嫁と姑、農村のエゴイズム
- 心理
- 文字数
- 9,354字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介が1924年(大正13年)、「新潮」に発表した短編小説。芥川には珍しい農村を舞台にした一編である。長く寝ついた倅に死に別れた老婆お住と、婿も取らず一人で田畑を働きぬこうとする嫁お民。同じ家に暮らす二人のあいだにくすぶる、口には出せぬ確執を通して、農村に生きる者たちの暮らしの実相を、芥川が晩年の醒めた筆致で描いた作品である。
あらすじ
腰ぬけ同然に足かけ八年も寝ついていた倅・仁太郎に、お住はついに死に別れる。悲しいとばかりも言えぬその死のあと、残された嫁のお民をどうするかが問題となる。お住は、四十九日がすんだら、お民に婿を取らせ、これまで通り田畑を働いてもらおうと算段していた。ところが初七日の翌朝、お民は、亡夫の代わりに一人で野良仕事をいっさい引き受け、身を粉にして働きはじめる。婿を取る気などさらさらなく、幼い息子・広次を育てながら、男まさりに田畑を切り盛りしていくのだ。お民の働きぶりは、姑のお住を助けるどころか、かえって二人のあいだに、口には出せぬ確執と憎しみを積もらせていく。九年におよぶそのわだかまりの果て、無理を重ねたお民は、あっけなく病に倒れて死んでしまう。孫と二人きり残されたお住は、あの働き者の嫁がいなくなった今、これから先の暮らしを思って途方に暮れる。孫の寝顔を見つめるうち、お住は、憎み合った嫁も、寝ついていた倅も、そしてこの自分自身も、みな救いようのない「情ない人間」だったと思い知る。「お民、お前なぜ死んでしまつただ」――お住の目から、とめどなく涙がこぼれ落ちる。農村に生きる者たちの、救いのないエゴイズムと哀しみを、芥川が醒めた筆致で描いた一編である。
登場人物
- お住 仁太郎の母(姑)。嫁のお民と長年わだかまりを重ねるが、お民の死後、孫と残されて自らのエゴイズムを思い知る
- お民 仁太郎の妻(嫁)。夫の死後、婿も取らず一人で田畑を働きぬくが、無理がたたって病死する
- 広次 お民の幼い息子。お住の孫
冒頭部(原文より)
お住の倅に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた。お住は仁太郎の棺の前へ一本線香を手向けた時には、兎に角朝比奈の切通しか何かをやつと通り抜けたやうな気がしてゐた。
「一塊の土」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
お住はその寝顔を見てゐるうちにだんだんかう云ふ彼女自身を情ない人間に感じ出した。同時に又彼女と悪縁を結んだ倅の仁太郎や嫁のお民も情ない人間に感じ出した。その変化は見る見る九年間の憎しみや怒りを押し流した。いや、彼女を慰めてゐた将来の幸福さへ押し流した。彼等親子は三人とも悉く情ない人間だつた。が、その中にたつた一人生恥を曝した彼女自身は最も情ない人間だつた。「お民、お前なぜ死んでしまつただ?」――お住は我知らず口のうちにかう新仏へ話しかけた。すると急にとめどもなしにぽたぽた涙がこぼれはじめた。
「一塊の土」芥川龍之介(青空文庫)
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