風呂桶(徳田秋声)のあらすじ・登場人物
湯殿づくりと老いの影
- 家族
- 心理
- 文字数
- 4,309字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
「改造」1924(大正13)年8月号に発表された徳田秋声の短編。老いを意識し始めた作家津島が、借家人との長い争いの末にようやく明け渡してもらった隣の家の台所を湯殿に作り替えようとするところから話が始まる。何を見ても残りの命を測る尺度のように感じる心持、妻さく子の声の調子にまで苛立つ神経、妻の弟の金銭上の不始末などが、日常のこまごまとした出来事の中に書き込まれる。同年の「花が咲く」とともに大正末期の私小説の優れた短編として挙げられ、広津和郎がこの2編に「主観の窓展く」ような仄明りが射し始めたと評したことが知られる。
あらすじ
作家の津島は、この頃何を見ても自分の残りの命を測る尺度のように感じている。十人の家族に手狭な家を何とかしようと、隣に附属する借家の明け渡しを求めて法廷沙汰にまでなり、二年がかりでようやく一方を明けてもらった。長年銭湯通いだった津島は、その台所を湯殿にしようと思いつく。ある朝、来客と話していた津島は、大工に指図する妻さく子の高い声に神経を逆なでされる。二人は前日から、さく子の弟が預けた物を質に入れた件で口を利いていなかった。津島が声の大きさを詰ると、さく子は「あゝ煩さい」と応じ、逆上した津島は彼女を激しく打ち、止められると床の間の日本刀を抜きかけさえする。そんな野獣性に、老いた父の姿を思い出しもする。夕方、津島は大工が張った湯殿の板敷を鍬で叩き壊した。半月後、やはり湯殿を使う方が得だと思い直して、妻と風呂桶を買いに行く。久しぶりの内湯は窮屈で、津島はこの桶が自分の死ぬまで保つだろうかと考えるうち、それが自分の棺桶のように思えてくる。
登場人物
- 津島 老いを意識し始めた作家。十人の家族を抱え、家の手狭さに悩む
- さく子 津島の妻。湯殿の手入れを大工に頼む
- さく子の弟 津島の預けた物を質に入れ、夫婦の不和の種となる
冒頭部(原文より)
津島はこの頃何を見ても、長くもない自分の生命を測る尺度のやうな気がしてならないのであつた。好きな草花を見ても、来年の今頃にならないと、同じやうな花が咲かないのだと思ふと、それを待つ心持が寂しかつた。
「風呂桶」徳田秋声(青空文庫)
末尾部(原文より)
津島は久しぶりで、内湯へ入ることができたが、周囲が小汚いので、気持は余りよくなかつた。それに広々とした湯殿へ入りつけてゐたので、さうやつて風呂桶のなかへ入つてゐるのが窮屈であつた。 「この桶は幾年保つだらう。」彼はいつもの癖でそんなことを考へた。 「おれが死ぬまでに、この桶一つで好いだらうか。」と、さう思つて見た。 すると其が段々自分の棺桶のやうな気がして来るのであつた。
「風呂桶」徳田秋声(青空文庫)
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