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少年(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

代赭色の海と幻燈の少女

  • 家族
  • 心理

芥川龍之介 1924年(大正13年)4月 「中央公論」

文字数
15,206字
読了目安
約30分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1924(大正13)年4月と5月、「中央公論」に発表された芥川龍之介の連作小品。作者に近い人物・堀川保吉を主人公とするいわゆる「保吉もの」の一つで、「クリスマス」「道の上の秘密」「死」「海」「幻燈」「お母さん」の六章から成る。震災後の東京で乗合自動車に揺られたクリスマスの日、カフェで巻煙草をくゆらす保吉の心に、本所で過ごした幼い日の記憶がよみがえる。道に残る二すじの線、海の色、幻燈に映る風景といった小さな出来事を、大人になった保吉の皮肉まじりの感想とともにたどっていく。

あらすじ

震災後の東京、去年のクリスマスの午後、堀川保吉は満員の乗合自動車で、宣教師が少女に今日は何の日かと問い、少女が「あたしのお誕生日」と答えて宣教師が笑い出す場面に居合わせる。その夜、カフェで巻煙草をくゆらせる保吉の心を、二十年、三十年前の少年時代の追憶がかすめていく。四歳のとき、子守のつうやに道の上の二すじの線は何かと問われ、さんざん考えた末に車の輪の跡だと教えられた話。父から「お目出度なる」とは死ぬことだと教えられても納得できず、ある夕方、風呂場を出て行く父の裸の後ろ姿に、死とは父の姿が永久に消えてしまうことだと悟った話。大森の海で、渚の海が青ではなく代赭色であることを知り、浦島太郎の挿絵の海を代赭色に塗って母に信じてもらえなかった話。玩具屋で見た幻燈のヴェネチアの風景の窓から、一瞬少女が顔を出して微笑んだように見え、家で映しても二度と現れなかった話。そして八、九歳の秋、回向院の境内での戦ごっこで転んで泣いたとき、大将役の川島に「お母さんて泣いていやがる」とはやされ、そんなことは言っていないと口惜しく泣いた話。保吉はそれを川島の意地悪だとばかり信じていたが、三年前、上海の病院で熱にうなされていたとき、看護婦から「今お母さんって仰有ったじゃありませんか」と言われ、川島は嘘をついたのではなかったのかもしれないと思う。

登場人物

冒頭部(原文より)

     一 クリスマス  昨年のクリスマスの午後、堀川保吉は須田町の角から新橋行の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の東京の道路は自働車を躍らすことも一通りではない。保吉はきょうもふだんの通り、ポケットに入れてある本を出した。が、鍛冶町へも来ないうちにとうとう読書だけは断念した。この中でも本を読もうと云うのは奇蹟を行うのと同じことである。奇蹟は彼の職業ではない。美しい円光を頂いた昔の西洋の聖者なるものの、――いや、彼の隣りにいるカトリック教の宣教師は目前に奇蹟を行っている。

「少年」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

 保吉は爾来この「お母さん」を全然川島の発明したとばかり信じていた。ところがちょうど三年以前、上海へ上陸すると同時に、東京から持ち越したインフルエンザのためにある病院へはいることになった。熱は病院へはいった後も容易に彼を離れなかった。彼は白い寝台の上に朦朧とした目を開いたまま、蒙古の春を運んで来る黄沙の凄じさを眺めたりしていた。するとある蒸暑い午後、小説を読んでいた看護婦は突然椅子を離れると、寝台の側へ歩み寄りながら、不思議そうに彼の顔を覗きこんだ。 「あら、お目覚になっていらっしゃるんですか?」 「どうして?」 「だって今お母さんって仰有ったじゃありませんか?」  保吉はこの言葉を聞くが早いか、回向院の境内を思い出した。川島もあるいは意地の悪いをついたのではなかったかも知れない。

「少年」芥川龍之介(青空文庫)

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