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帆影(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

退屈と影と海辺の部屋

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坂口安吾 1931年(昭和6年)8月 「今日の詩」

文字数
4,844字
読了目安
約10分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

1931年、詩の雑誌「今日の詩」第九冊に載った、坂口安吾の初期の短編。太平洋に面した漁村の部屋に閉じこもり、退屈に沈む「私」と、うるさいほど快活な恋人緋奈子の日々を、独白体で綴る。窓から見える海と砂浜、溺死した少年の出来事を通して、現実の安逸への執着と、影への憧れが語られる。

あらすじ

憂鬱を忘れようと漁村に来た「私」は、ひろびろと海の開けた窓のある部屋に閉じこもり、退屈のあまり外出する気にもなれない。連れの緋奈子は愛人と呼ばれるべき相手だが、ただうるさくてたまらない。夏が来て、緋奈子は村の子供たちと砂浜で遊びに暮らすようになり、私は窓から首だけを出して眺めたり、海水着をひそかに着込んだりしている。私は、帆かけ舟の帆影をオペラグラスで探すが見つからず、影はあれ自身すでに美しいふるさとだと考える。ある日、村の少年が砂浜で溺死体となって引き上げられるのを窓から見る。緋奈子は蒼白な顔で帰ってきて「あたしを放さないでね」と私の胸で泣き、私は彼女の影を抱いている白日の幻を見る。その黄昏から私は急に外出する男になり、日がな浜辺の一点となって海を眺め、黄昏には緋奈子と二人で渚を彷徨う。それでも外は同じ退屈な場所にすぎず、二人の影法師だけが、長々と寛大な心を静かに並べている。

冒頭部(原文より)

 凡そ退屈なるものの正体を見極めてやらうと、そんな大それた魂胆で、私はこの部屋に閉ぢ籠つたわけではないのです。それとは全く反対に、凡そ憂鬱なるものを忘却の淵へ沈め落してしまほふと、それは確かに希望と幸福に燃えて此の旅に発足したのでした。それも所詮単なる決心ではありますが――とにかく其の心掛けは有つたのです。勿論初めのうちは、時々は散歩に出掛ける心持にもなつたものですが、その気持でさて立ち上つてみますに、何か一つ心に満ち足りない感じがして、つひうかうかと窓から外ばかり眺めてゐるうちに、ガッカリして寝倒れてしまひ、もう天井にヂッと空洞な眼を向けて、放心してしまふのです。そんな風にしてゐて、決して愉快であるわけはないのですが、今ではあきらめて、まるで外出する気持にもならないのです。それは確かに退屈千万で堪へ難いのでありますが、たまさかに外へ出てみる気持にもなると、その気持に成つただけが尚更に負担で、全くガッカリしてしまふのです。

「帆影」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 出て見れば、外もしかし、やはり同じ退屈な場所にすぎなかつたのです。緋奈子が、同じウルサイ存在に変りのなかつたのと同じやうに……。いはば、それまではあの一部屋に限定されてゐた退屈を、深々とした蒼空の下へ野放しにしただけのことだつたのです。とはいへ私は、いつたん浜に出てみると、恰もそれだけの現実しか見知らない男のやうに、それからの毎日は、日もすがら窓下の浜辺に落ちて、青々とした海を眺める一つの点と化したのです。そして黄昏が来ると、促されて緋奈子と二人、倉皇と暮れてゆく渚を長く彷徨ふのですが、私達の影法師だけは、西に向く時は背に、東に向く時は前に、長々とした寛大な心を静かに並べてゐるのですが……。

「帆影」坂口安吾(青空文庫)

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