盲目物語(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
按摩が語るお市の方の生涯
- 歴史
- 恋愛
- 文字数
- 73,942字
- 読了目安
- 約2時間28分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 滋賀県
- 福井県
この作品について
谷崎潤一郎が1931年(昭和6年)に「中央公論」に発表した歴史小説。浅井長政の夫人お市の方(織田信長の妹)に仕えた盲目の按摩の昔語りという体裁で、小谷城の落城から柴田勝家との再縁、北ノ庄城の炎上まで、戦国の乱世を生きた美しい奥方の生涯を、ひらがなを多用した柔らかな語り口で描く。「吉野葛」に続く古典回帰期の歴史ものの代表作で、盲人の一途な思慕がにじむ独白体の文章が高く評価されている。
あらすじ
近江長浜在の生まれで幼くして盲目となった按摩の「わたくし」は、十八の頃から小谷城に奉公し、城主浅井長政の奥方お市の方に腕を認められて、親しくお側に仕えるようになる。奥方の美しさをその手の感触と気配で知る按摩は、ひそかに深い思慕を抱きながら、三味線や唄のお相手も務めた。やがて織田と浅井の同盟は破れて小谷城は落城し、長政は自害。奥方は三人の姫とともに織田家へ引き取られ、本能寺の変ののちには柴田勝家に再縁して越前北ノ庄へ移る。按摩もお供を許されて平穏な日々が続くかに見えたが、秀吉との賤ヶ岳の合戦に勝家は敗れ、北ノ庄城は炎に包まれる。奥方は姫たちを城から落としたのち、勝家とともに自害して果てた。ひとり生き残った按摩は、奥方の面影と、その声を受け継いだお茶々どの(のちの淀君)への思いを胸に、老いの日々を昔語りに送るのである。
登場人物
- わたくし 盲目の按摩。お市の方に仕え、生涯その面影を慕い続ける語り手
- お市の方 織田信長の妹で浅井長政の夫人。乱世に翻弄される戦国一の美貌の奥方
- 浅井長政 近江小谷城の城主。織田家と戦って敗れ、自害する
- 柴田勝家 織田家の宿老。お市の方を再縁に迎えるが、賤ヶ岳の合戦に敗れる
- お茶々 お市の方の長女。のちの淀君。母ゆずりの美しい声を持つ
冒頭部(原文より)
わたくし生国は近江のくに長浜在でござりまして、たんじょうは天文にじゅう一ねん、みずのえねのとしでござりますから、当年は幾つになりまするやら。左様、左様、六十五さい、いえ、六さい、に相成りましょうか。左様でござります、両眼をうしないましたのは四つのときと申すことでござります。はじめは物のかたちなどほの/″\見えておりまして、おうみの湖の水の色が晴れた日などにひとみに明う映りましたのを今に覚えておりまするくらい。なれどもそのゝち一ねんとたゝぬあいだにまったくめしいになりまして、かみしんじんもいたしましたがなんのきゝめもござりませなんだ。
「盲目物語」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
あゝ、わたくしも、あれほどのおかたの御心中を知っていたかとおもえば、かたじけなくも右大臣ひでより公のおん母君、淀のおんかたをこの背中へおのせ申したことがあるかとおもえば、なんの、なんの、この世にみれんがござりましょう。いゝえ、旦那さま、もうじゅうぶんでござります。ついゝたゞきすごしまして、つまらぬ老いのくりごとをなが/\とおきかせいたしました。家には女房もおりますけれども、おんな子供にもこうまでくわしくはなしたことはござりませぬ。どうぞ、どうぞ、こういうあわれなめくら法師がおりましたことを書きとめて下さいまして、のちの世の語りぐさにしていたゞけましたらありがとうござります。さあ、もうおおさめ下さりませ。あまり更けませぬうちにすこしお腰をもませていたゞきます。
「盲目物語」谷崎潤一郎(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。