イノチガケ――ヨワン・シローテの殉教――(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
日本に潜った宣教師たち
- 歴史
- 文字数
- 47,982字
- 読了目安
- 約1時間36分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1940年(昭和15年)7月と9月、「文学界」に前後篇で載った歴史小説。前篇では、サビエルの来日から秀吉・家康の禁教、島原の乱を経て、潜入宣教師たちが次々に殉教していく歴史をたどる。後篇では、18世紀初め、単身日本に潜入したイタリア人宣教師シドッチと、尋問した新井白石との対面を描く。史実を語りながら、信仰のために命を懸ける人々への安吾の共感と皮肉が交錯している。
あらすじ
前篇では、1547年にポルトガル船で日本を逃れた弥次郎がサビエルと出会うところから、キリスト教の日本伝来が語られる。信長の保護、秀吉の追放令と二十六聖人の殉教、家康の禁教、島原の乱と、迫害が深まるなかで、宣教師たちは命がけで次々に潜入し、穴つるしなどの刑で殉教していった。1643年の一行が全員棄教すると、日本の切支丹は絶えた。後篇では、1703年にゼノアを出たシドッチが、マニラを経て1708年に屋久島に上陸する。捕らえられて江戸に送られ、新井白石の尋問を受けた。白石はシドッチの学識と誠実さに感心するが、教えの本質には心を向けず、囚人として幽閉する。数年後、シドッチに仕えていた老夫婦が自首して、シドッチは牢内で命を終える。
冒頭部(原文より)
一五四七年一月、一艘のポルトガル商船が九州の一角に坐礁して引卸しにかゝつてゐると、丘の上から騎馬で駈け降りてきた二人の日本人があつて、手拭を打ちふり、その船に乗せてくれないかと叫びたてゝゐる。 四名の水夫がボートを下し岸へ漕ぎ寄せて聞いてみると、事情があつて追跡を受けてゐる者であるが、かうしてゐるうちにも追手の者が来さうであるから、船に乗せて一時の急を救つてもらひたいといふ頼みである。
「イノチガケ――ヨワン・シローテの殉教――」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
それから丁度二週間目の二十七日夜半に至つてシローテも亦牢内で死んだ。多分ゼジュン断食であつたであらうと言はれてゐる。そのとき四十七歳であつた。はるの最後は伝はらない。 シローテの墓の上には榎が植ゑられ、ヨワン榎とよばれてゐたといふことだが、今はすでに跡片もない。
「イノチガケ――ヨワン・シローテの殉教――」坂口安吾(青空文庫)
名文
一五四七年一月、一艘のポルトガル商船が九州の一角に坐礁して引卸しにかゝつてゐると、丘の上から騎馬で駈け降りてきた二人の日本人があつて、手拭を打ちふり、その船に乗せてくれないかと叫びたてゝゐる。
安吾の歴史小説『イノチガケ』の書き出し。のちにサビエルと出会う弥次郎の逃亡から、日本の切支丹の歴史が語り起こされる。
マグダレナは第一の突きが外れて頭巾が落ち、両眼を覆ふてしまつたので、その時までキリシトの御名を呼んでゐたが、このとき、天が見えませぬ、と言つた。
加藤清正の領内での殉教を記した一節。感情を抑えた記録調の文体の中に、殉教者の最期の一言が鮮烈に刻まれている。
原文を読む
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