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源頼朝(吉川英治)のあらすじ・登場人物

配所から覇者へ、兄と弟の相剋

  • 歴史

吉川英治 1940年(昭和15年)1月 「朝日新聞」

文字数
305,863字
読了目安
約10時間12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府
  • 静岡県
  • 神奈川県

この作品について

吉川英治が1940年(昭和15年)1月から10月まで「朝日新聞」に連載した長編歴史小説。平治の乱に敗れた源義朝の一行が雪の中を落ちのびる場面から始まり、十三歳で初陣に敗れた佐殿・頼朝が、平清盛に命を救われて伊豆に流され、二十年の配所暮らしを経て挙兵し、鎌倉に武家の府を開くまでを描く。物語は頼朝ひとりにとどまらず、鞍馬山で育つ弟の牛若、のちの義経の歩みも並行してたどり、北条政子との恋、石橋山の敗戦、黄瀬川での兄弟の対面、木曾義仲の上洛と滅亡、一ノ谷から壇ノ浦へ続く源平の合戦を織りこむ。覇者として冷徹に生きる頼朝と、兄を慕いながら遠ざけられていく義経。講談調の歯切れよさと人物への情感とを併せ持つ文章で、同じ根から生まれた兄弟の相剋を、源平の興亡のなかに浮かび上がらせている。

あらすじ

平治の乱に敗れた源義朝の主従は、吹雪の中を東国へ落ちのびる途中で、十三歳の三男・頼朝とはぐれてしまう。父や兄たちを失った頼朝は平家方に捕らえられて都へ送られるが、清盛の継母・池禅尼の嘆願で命を助けられ、伊豆の蛭ヶ小島へ流された。一方、義朝の愛妾・常磐は幼い三人の子を連れて都を逃れ、のちに清盛のもとに身を寄せる。末子の牛若は鞍馬山に預けられ、山の子として育つうちに源氏の血に目覚め、金売り吉次に伴われて奥州の藤原秀衡のもとへ下り、元服して義経と名のる。伊豆の配所で二十年近くを過ごした頼朝は、土地の豪族・伊東祐親の娘との恋を引き裂かれたのち、北条時政の娘・政子と結ばれる。平家の専横に諸国の不満が高まり、以仁王の令旨が届くと、頼朝はついに挙兵するが、石橋山の戦いに大敗し、わずかな手勢と船で安房へ逃れる。そこから再起した頼朝のもとには東国の武士が続々と集まり、頼朝は鎌倉に入って新しい武家の都を築きはじめる。富士川で平家を退けた帰途、黄瀬川の宿で、奥州から駆けつけた義経と兄弟の対面を果たした。やがて木曾義仲が平家を都から追って上洛するが、その振る舞いは都人の反感を買い、頼朝の命を受けた範頼・義経の軍に滅ぼされる。義経は一ノ谷、屋島、壇ノ浦と平家を追いつめて滅ぼすが、法皇の寵遇を受けて名声が高まるにつれ、頼朝の胸には弟への恐れが芽生え、梶原景時らの讒言もそれをあおる。兄を信じて疑わない義経に下されたのは勘当の沙汰で、鎌倉入りを許されず腰越で止められた義経は、心血をそそいだ書状を託して悄然と京へ引き返した。作者は、自らの手脚の主体を知りながら国土という同根に思い至らなかった覇者・頼朝を惜しみ、曹植の「豆を煮るに豆の萁を燃く」の詩に兄弟の悲劇を重ねて筆を措く。

登場人物

冒頭部(原文より)

「佐どの」 「佐どのうっ」 「おおういっ」  すさぶ吹雪の白い闇にかたまり合って、にわかに立ち止まった主従七騎の影は、口々でこう呼ばわりながら、佐殿のすがたを血眼でさがし始めた。

「源頼朝」吉川英治(青空文庫)

末尾部(原文より)

 有名な魏の曹植の「七歩詩」である。山僧の業でもあろうか、書体にも写経風があった。が、壁の墨痕もいつか春秋の雨や風にうすれてゆく。  幕府鎌倉。  それも遂に、長くなかった。この時代、ひとり頼朝のみではないが、自己の手脚の主体を知りながら、同根億生の主体たる国土には深く思い至らなかった憾みがある。  作者はいつも、覇者頼朝に、その一点を惜しみ、人間頼朝に、「豆の詩」を思うて傷む。

「源頼朝」吉川英治(青空文庫)

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