観画談(幸田露伴)のあらすじ・登場人物
一幅の古画に引き込まれる夜
- 幻想
- 文字数
- 16,088字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
幸田露伴が1925年(大正14年)に発表した短編小説。露伴晩年の幻想的な名品として知られる。神経衰弱を病んで山あいの寺に静養に来た「大器晩成先生」が、豪雨と洪水の一夜、暗闇の山中の草庵に導かれ、一幅の古画に見入るうちに、絵の中の世界へと引き入れられていく。芸術と現実、生と悟りのあわいを、露伴独特の重厚で諧謔味のある文体で描いた一編である。
あらすじ
貧しい家に生まれ、辛苦のすえに晩学で大学へ進んだ「大器晩成先生」は、度の過ぎた勉学がたたって、当時知られ始めた神経衰弱に襲われ、山水清閑の地へ静養に出た。ある雨の日、山あいの門前村の、かつては立派だったという荒れ寺にたどり着き、無愛想な和尚と若い僧・蔵海のもとに宿を借りる。降りやまぬ雨の音「ザアッ」だけが世界を満たすなか、先生は、自分が今までの自分でない、別の世界の別の自分になったような奇妙な心地におそわれる。その夜半、渓川の出水で寺の境内まで水が押し寄せ、先生は蔵海に導かれ、真っ暗な豪雨の山道を、蝙蝠傘一本にすがって、滝のかたわらの安全な草庵へと避難する。草庵には、耳の聞こえぬ、生きた塑像のような老僧が枯坐していた。奥の一室で、先生は煤びた額の「橋流水不流」の文字に思いをめぐらせ、やがて壁にかかった一幅の古い山水の風俗画に見入る。灯火を近づけて細部をたどるうち、絵の中の帆船や酒楼や人々が生き生きと動き出し、蘆のあいだの小舟の船頭が「乗らないか、乗らないか」と呼びかけてくる。先生が思わず「今行くよーッ」と返事をしようとした途端、冷たい風に灯がゆらめき、船も船頭も遠ざかっていった――。のちに病はすっかり癒えたが、先生は二度と学窓に戻らず、山間に姓名を埋めて、ただの農夫になっていたという。芸術と現実、生と悟りのあわいを、露伴が重厚で諧謔味ゆたかな文体で描いた晩年の名品である。
登場人物
- 大器晩成先生 貧家に生まれ辛苦のすえ晩学で大学へ進んだ男。神経衰弱を病んで山寺に静養し、豪雨の一夜、古画の世界に引き入れられる。のち病は癒えるが学窓に戻らず農夫となる
- 蔵海 荒れ寺の若い僧。洪水の夜、先生を草庵へ導く
- 老僧 草庵に枯坐する、耳の聞こえぬ老僧
冒頭部(原文より)
ずっと前の事であるが、或人から気味合の妙な談を聞いたことがある。そしてその話を今だに忘れていないが、人名や地名は今は既に林間の焚火の煙のように、何処か知らぬところに逸し去っている。 話をしてくれた人の友達に某甲という男があった。その男は極めて普通人型の出来の好い方で、晩学ではあったが大学も二年生まで漕ぎ付けた。
「観画談」幸田露伴(青空文庫)
末尾部(原文より)
オーイッと呼わって船頭さんは大きな口をあいた。晩成先生は莞爾とした。今行くよーッと思わず返辞をしようとした。途端に隙間を漏って吹込んで来た冷たい風に燈火はゆらめいた。船も船頭も遠くから近くへ飄として来たが、また近くから遠くへ飄として去った。唯これ一瞬の事で前後はなかった。 屋外は雨の音、ザアッ。 大噐晩成先生はこれだけの談を親しい友人に告げた。病気はすべて治った。が、再び学窓にその人は見われなかった。山間水涯に姓名を埋めて、平凡人となり了するつもりに料簡をつけたのであろう。或人は某地にその人が日に焦けきったただの農夫となっているのを見たということであった。大噐不成なのか、大噐既成なのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう。
「観画談」幸田露伴(青空文庫)
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