彼(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
旧友を思い出す六つの断章
- 青春
- 心理
- 文字数
- 4,981字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
芥川龍之介の晩年の短編。旧制高校の同級生だった「彼」の記憶を、六つの短い章に区切って並べる。本所の長屋に嫁いだ妹を訪ねた日、社会思想に熱中していく日々、病床での恋と別れが、旧友の「僕」の目から静かに綴られる。「女性」1927(昭和2)年1月号に発表。
あらすじ
「僕」は一高時代の旧友だった「彼」を思い出す。彼は両親がなく、母は再縁していた。「僕」は彼と一緒に、亀井戸の長屋に嫁いだ彼の妹を訪ねるが、ぎこちない会話のまま日が暮れる。一高の入試に落ちた彼は、本郷の印刷屋の二階に間借りしてマルクスに熱中し、詩に憧れる「僕」と議論を戦わせた。医科の友人Kは二人を冷ややかに見ていた。のちに六高へ進んだ彼は腎臓結核にかかって叔父の家に戻り、従妹の美代子への恋にも苦しむ。転地先の海岸の病院を「僕」が訪ねると、彼は砂丘で棕櫚の木のことなどを話した。翌年の旧正月、彼の死を知らせる黒枠の葉書が届く。「僕」は彼に貸した本が焼かれたことを思い、その後で会ったKは、彼が死んで勝者の気持ちが起こらないかと「僕」に尋ねた。
冒頭部(原文より)
一 僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも好い。彼は叔父さんの家を出てから、本郷のある印刷屋の二階の六畳に間借りをしていた。階下の輪転機のまわり出す度にちょうど小蒸汽の船室のようにがたがた身震いをする二階である。まだ一高の生徒だった僕は寄宿舎の晩飯をすませた後、度たびこの二階へ遊びに行った。すると彼は硝子窓の下に人一倍細い頸を曲げながら、いつもトランプの運だめしをしていた。そのまた彼の頭の上には真鍮の油壺の吊りランプが一つ、いつも円い影を落していた。……
「彼」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
それから五六日たった後、僕は偶然落ち合ったKと彼のことを話し合った。Kは不相変冷然としていたのみならず、巻煙草を銜えたまま、こんなことを僕に尋ねたりした。 「Xは女を知っていたかしら?」 「さあ、どうだか……」 Kは僕を疑うようにじっと僕の顔を眺めていた。 「まあ、それはどうでも好い。……しかしXが死んで見ると、何か君は勝利者らしい心もちも起って来はしないか?」 僕はちょっと逡巡した。するとKは打ち切るように彼自身の問に返事をした。 「少くとも僕はそんな気がするね。」 僕はそれ以来Kに会うことに多少の不安を感ずるようになった。
「彼」芥川龍之介(青空文庫)
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