思ひ出(太宰治)のあらすじ・登場人物
津軽の少年期をたどる原点
- 心理
- 青春
- 文字数
- 30,626字
- 読了目安
- 約1時間1分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 青森県
この作品について
太宰治が1933年(昭和8年)、同人誌『海豹』に三回に分けて発表した自伝的な回想小説。のちに処女創作集『晩年』に収められた。津軽の大地主の家に生まれた「私」が、幼年期から中学時代までを、両親よりもなついた叔母、子守のタケ、女中みよへの淡い思慕、優等生としての自意識や虚栄、肉親へのなじめなさなどを通してふり返る。鋭敏な少年の内面を含羞をにじませた筆でたどり、太宰の初期の文学を知る入口となる一編。
あらすじ
明治天皇崩御のおぼろげな記憶にはじまり、「私」は津軽の大きな家に生まれ育つ。両親よりも叔母や子守のタケに深くなつき、書物とタケの語る物語に親しんで幼年期を過ごす。長じるにつれ、自分は美しく非凡な人間だという自負と、それを人に悟られまいとする含羞のあいだで揺れるようになる。小学校・中学校では作文や成績で人に抜きん出ようとする一方、家の女中みよにひそかな思いを寄せる。優等生としてふるまいながらも、心の内では嘘と虚栄にさいなまれ、肉親との距離を感じ続ける。やがて女中みよが下男に汚されて家を去ったことを知り、少年の淡い恋も終わる。帰省のたびに移りゆく生家のさまを眺めながら、私は自らの少年時代を静かにふり返るのだった。
登場人物
- 私 津軽の大地主の家に生まれた少年。本作の語り手
- 叔母 私が両親以上になついた肉親
- タケ 私に本を読み聞かせ、慕われた子守
- みよ 私がひそかに思いを寄せた女中
冒頭部(原文より)
黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立つてゐた。叔母は誰かをおんぶしてゐるらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の靜けさを私は忘れずにゐる。叔母は、てんしさまがお隱れになつたのだ、と私に教へて、生き神樣、と言ひ添へた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたやうな氣がする。
「思ひ出」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
みよは、動いたらしく顏から胸にかけての輪廓がぼつとしてゐた。叔母は兩手を帶の上に組んでまぶしさうにしてゐた。私は、似てゐると思つた。
「思ひ出」太宰治(青空文庫)
名文
黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立つてゐた。叔母は誰かをおんぶしてゐるらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の靜けさを私は忘れずにゐる。叔母は、てんしさまがお隱れになつたのだ、と私に教へて、生き神樣、と言ひ添へた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたやうな氣がする。それから、私は何か不敬なことを言つたらしい。叔母は、そんなことを言ふものでない、お隱れになつたと言へ、と私をたしなめた。どこへお隱れになつたのだらう、と私は知つてゐながら、わざとさう尋ねて叔母を笑はせたのを思ひ出す。
太宰治『思ひ出』(1933年)の書き出し。明治天皇が亡くなった夕暮れを、幼い日の最初の記憶として描く。知っていながらわざと尋ねて叔母を笑わせる子どもの姿に、のちの太宰の道化の芽がすでにのぞく。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。