喝采(太宰治)のあらすじ・登場人物
幸福クラブの演説
- 風刺
- 心理
- 文字数
- 6,807字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1936年(昭和11年)10月、雑誌「若草」に発表された短編。新設の「幸福クラブ」の第一夜、一人一題で幸福の物語を語る会合で、最初の語り手に指名された作家が、演説調の大仰な口上で、同人雑誌時代の失敗や自分の貧しさを笑いに変えながら、友人・中村地平との思い出を語る。観客の野次を挟んだ芝居がかった形式と、友情の哀感が混じり合う。
あらすじ
新設の「幸福クラブ」の第一夜、最初の語り手に指名された作家が壇に立つ。十年前に同人雑誌を作って失敗した過去や、今の貧しさを大げさに語って会場を笑わせ、年収を六十円と言って「除名せよ」の声を浴びる。やがて話は友人・中村地平との思い出に移る。三年前、二人はつまらない議論ばかりしていたが、地平が実姉の家で、小さな贅沢にも気がねする様子や、派手な縞の春服を私の前でだけ着て見せたことを語る。後に私が危機に陥ったとき、井伏鱒二らとともに地平は、私の兄のもとへ頼みに行ってくれた。昨夜、ある会合で地平と再会し、地平は酒を飲んで泣いていた。私は酒も飲めぬ身で、彼のことしか語れないと言い、「喝采」と題した話を終える。
登場人物
- 私 幸福クラブの最初の語り手となる作家
- 中村地平 私の友人。大柄で貧乏を恐れ、実姉の家に住む
冒頭部(原文より)
手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ 「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、わが名は海賊の王、チャイルド・ハロルド、清らなる一行の詩の作者、たそがれ、うなだれつつ街をよぎれば、家々の門口より、ほの白き乙女の影、走り寄りて桃金嬢の冠を捧ぐとか、真なるもの、美なるもの、兀鷹の怒、鳩の愛、四季を通じて五月の風、夕立ち、はれては青葉したたり、いずかたよりぞレモンの香、やさしき人のみ住むという、太陽の国、果樹の園、あこがれ求めて、梶は釘づけ、ただまっしぐらの冒険旅行、わが身は、船長にして一等旅客、同時に老練の司厨長、嵐よ来い。竜巻よ来い。弓矢、来い。氷山、来い。渦まく淵を恐れず、暗礁おそれず、誰ひとり知らぬ朝、出帆、さらば、ふるさと、わかれの言葉、いいも終らずたちまち坐礁、不吉きわまる門出であった。
「喝采」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
渡る世間に鬼がないという言葉がございますけれど、ほんとうだと思います。それに、このごろ、涙もろくなってしまって、どうしたのでしょう、地平のこと、佐藤さんのこと、佐藤さんの奥様のこと、井伏さんのこと、井伏さんの奥さんのこと、家人の叔父吉沢さんのこと、飛島さんのこと、檀君のこと、山岸外史の愛情、順々にお知らせしようつもりでございましたが、私の話の長びくほど、後に控えた深刻力作氏のお邪魔になるだけのことゆえ、どこで切っても関わぬ物語、かりに喝采と標題をうって、ひとり、おのれの心境をいたわること、以上の如くでございます。」
「喝采」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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