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桂馬の幻想(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

娘の顔に四五桂を見た棋士

  • 心理
  • ミステリ

坂口安吾 1954年(昭和29年)12月 「小説新潮」

文字数
13,784字
読了目安
約28分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1954年(昭和29年)、「小説新潮」に発表された坂口安吾の短編。将棋の対局を抜け出した天才的な若手棋士が、山の茶店の娘の顔に「四五の桂」を見たことから、やがて姿を消してしまう。勝負師の直感と、盤上の幻想が現実を侵していく様子を、観戦記者の目から追う。安吾は将棋や囲碁を愛した文人で、棋士への関心がうかがえる一編。

あらすじ

木戸六段は二十歳の天才棋士。名人候補の津雲八段との公式戦の二日目、相手が指した直後に黙って席を立ち、宿を抜け出して渓流へ出る。釣りをしていた観戦記者の野村に声をかけ、橋の向こうの山上の茶店でサイダーを飲んだ彼は、そこにいた田舎娘の顔に、盤上で考えていた「四五の桂」を見て、はっとする。宿へ戻ってはねた四五桂は、じつは見落としのあるまずい手だったが、相手の油断から勝負は木戸に傾いた。翌日、茶店を再び訪ねると戸は閉ざされ、娘は不在。木戸は、顔に読みとった桂は錯覚ではないと言い、娘の父が寝こんでいると聞いて、殺されたのではないかと疑いはじめる。やがて木戸は次の対局で惨敗し、行方不明になる。野村が茶店を再訪すると、娘は殺気だった荒々しさで彼を追い返した。しばらくして野村が山上の畑で見つけたのは、野良仕事をする木戸だった。木戸は将棋を捨て、娘と暮らしていた。父親は病死で、荒縄で大八車にしばって山を降ろしたのだという。野村は娘に家へ招かれ、柱に縛られて平手打ちを受ける木戸を目にする。娘は「人間は自然の子だ」と説き、その荒っぽさは母の愛情のようにも見えた。木戸は、ここをふるさとだと語る。野村は釈然としないまま芋をふるまわれ、もう再び来るところではないと思う。

登場人物

冒頭部(原文より)

木戸六段が中座したのは午後三時十一分であった。公式の対局だから記録係がタイムを記入している。津雲八段の指したあと、自分の手番になった瞬間に木戸は黙ってスッと立って部屋をでたのである。  対局者の心理は案外共通しているらしく、パチリと自分でコマをおいて、失礼、と便所へ立つのはよく見かける風景であるが、相手がコマをおいた瞬間に黙ってプイと立って出て行くというのはあまり見かけないようだ。

「桂馬の幻想」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

「しかし、もう再び来るところではないな」  とイモを食いあいた時に思ったのである。虫ケラの生活にもさしたる魅力があるわけではないが、先祖の大婆サンと好んで共同生活をいとなむことがより良い生活とも思われない。 「キミは適所を得たらしいが、オレは再びキミを訪ねないぜ」  と野村は念を押して別れを告げたのである。念を押さずにいられないような妙な不安におそわれたからである。

「桂馬の幻想」坂口安吾(青空文庫)

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