断崖(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
断崖で語られる完全犯罪
- ミステリ
- 心理
- 文字数
- 13,102字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
「報知新聞」1950年3月1日から12日にかけて連載された短編。春の温泉場近くの断崖の上で、並んで腰かけた男女が、一年前の出来事を一つずつ「おさらい」していく。ほとんど二人の会話だけで進み、語り合ううちに事件の裏の姿が少しずつ別の形を見せる。会話劇のような趣向をとった戦後の乱歩の短編。
あらすじ
春、K温泉に近い断崖の上で、二十七八歳の男と少し年上の女が、一年前の事件をおさらいする。女の夫の斎藤は、スリルの遊戯として、紺色のオーバーに黒眼鏡、口ひげの男という架空の人物を作り、妻の周囲に出没させて、彼女を脅かそうとした。女は夫の涙や日記から、その意図を見抜き、護身のためピストルを寝床に忍ばせる。ある晩、変装した斎藤が寝室に入り、女はピストルを撃って殺した。短刀が落ちていたため、女は正当防衛で不起訴になり、その後、居候だった売れない画家の男と結婚した。ここまで語ったあと、女は、斎藤を架空犯人の趣向へ導き、事件が起きるよう仕向けたのは男ではなかったかと言い出す。男は妄想だと否定するが、女はさらに、男はもう自分を愛さず財産だけが目当てで、今日この崖に誘い出したのも殺すためだと告げる。男が背中を押そうとした瞬間、女は身をかわし、男は崖下へ落ちる。女は、これもまた正当防衛なのかと呟き、自分は罪にならないまま何人でも殺すのではないかと考える。
登場人物
- 女 資産家の女。夫の斎藤を撃ち殺した
- 男 女の家の居候だった売れない画家。のちに女の夫となる
- 斎藤 女の最初の夫。架空犯人のトリックに熱中していた
冒頭部(原文より)
春、K温泉から山路をのぼること一哩、はるか眼の下に渓流をのぞむ断崖の上、自然石のベンチに肩をならべて男女が語りあっていた。男は二十七八歳、女はそれより二つ三つ年上、二人とも温泉宿のゆかたに丹前をかさねている。 女「たえず思いだしていながら、話せないっていうのは、息ぐるしいものね。あれからもうずいぶんになるのに、あたしたち一度も、あの時のこと話しあっていないでしょう。ゆっくり思い出しながら、順序をたてて、おさらいがしてみたくなったわ。あなたは、いや?」
「断崖」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
夕陽は大空を焼き、断崖の岩肌を血の色に染め、そのうしろの鬱蒼たる森林を焔と燃え立たせていた。岩頭にポッツリと立つ女の姿は、小さく小さく、人形のように可愛らしく、その美しい顔は桃色に上気し、つぶらな目は、大空を映して異様に輝いて見えた。 女はそのままの姿勢で、大自然の微妙な、精巧な装飾物のように、いつまでも、身動きさえしなかった。
「断崖」江戸川乱歩(青空文庫)
原文を読む
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