袈裟と盛遠(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
二つの独白がすれちがう夜
- 歴史
- 恋愛
- 文字数
- 7,567字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介の歴史小説。武士の盛遠が人妻の袈裟に言い寄って関係を結び、夫の渡を殺す約束を取りつけるという中世の説話を題材に、上と下に分けて、盛遠と袈裟それぞれの独白だけで物語を組み立てる。同じ出来事を、男の側と女の側の別々の心の動きとして見せることで、愛と憎しみ、自己嫌悪の複雑なからまりを映している。「中央公論」1918(大正7)年4月号に発表。
あらすじ
夜、築土の外で、盛遠は月を眺めながら物思いに耽る。今夜、憎んでもいない男・渡左衛門尉を殺さなければならない。三年前、渡辺の橋の供養で袈裟にめぐり遇った盛遠は、半年ほどの間に彼女と忍び合う機会を作り、関係を持った。再会した袈裟の容色は衰えていたが、夫への愛を誇張して語る袈裟の嘘を暴きたい征服欲と、下等な情欲に突き動かされたのだった。関係ののち、盛遠は「渡を殺そうではないか」と囁き、袈裟は素直に承知した。盛遠は袈裟を蔑み、憎みながら、まだ彼女を愛しているのかもしれないと自問する。下では、袈裟が燈台の光に背を向けて物思いに耽る。盛遠が来るかどうかを案じ、あの日の辱めと、自分の醜さを盛遠の目に見てしまった悲しみを振り返る。夫を殺す約束を結んだあと、彼女は夫の身代わりになって死ぬ覚悟を決めていた。それは夫への愛からではなく、傷つけられた自分のために死のうとする、死にがいのない死だと袈裟は知っている。
冒頭部(原文より)
夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白 「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。今までの己が一夜の中に失われて、明日からは人殺になり果てるのだと思うと、こうしていても、体が震えて来る。
「袈裟と盛遠」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
昔から私にはたった一人の男しか愛せなかった。そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ。この燈台の光でさえそう云う私には晴れがましい。しかもその恋人に、虐まれ果てている私には。」 袈裟は、燈台の火を吹き消してしまう。ほどなく、暗の中でかすかに蔀を開く音。それと共にうすい月の光がさす。
「袈裟と盛遠」芥川龍之介(青空文庫)
名文
「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。
上の巻、盛遠の独白の書き出し。約束の夜を迎えた男の不安を、月の出を恐れる心で示す。二人の独白を並べる構成が読みどころ。
夜、袈裟が帳台の外で、燈台の光に背きながら、袖を噛んで物思いに耽っている。
下の巻の書き出し。上の巻の「盛遠が築土の外で」と対になる一文で、同じ夜を女の側から語り直す。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。