湖南の扇(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
長沙で見た小さな事件
- 心理
- 文字数
- 9,010字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
語り手の「僕」が湖南を旅した折に出会った小さな事件を語る、旅行記の体裁の短編。大正十年五月の長沙を舞台に、旧友の医者譚永年と、芸者たちが登場する。冒頭で湖南の革命家に触れ、湖南の人々の気性を示すものとして事件が語られる。
あらすじ
大正十年五月、語り手の「僕」は江丸で長沙に着き、桟橋で扇をかざす水色の衣装の女を見かける。出迎えに来たのは、旧友で長沙で開業する医者の譚永年だった。翌々日、湘江を隔てた嶽麓へ向かうモーターボートの上で、譚は、先日処刑された土匪の頭目黄六一と、その情婦だった芸者玉蘭の話を聞かせる。その晩、僕は譚と妓館へ行き、桟橋で見た女が含芳という芸者だと知る。譚は黄六一の血を染み込ませたビスケットを取り出し、玉蘭に突きつける。玉蘭は、愛する黄老爺の血を味わうと言ってそれを食べ、含芳の手は震える。僕は三泊して船に戻り、机の上に置き忘れられた扇を見る。
登場人物
- 僕 長沙を訪れた旅行者
- 譚永年 僕の旧友で長沙の医者
- 含芳 北京生まれの芸者
- 玉蘭 黄六一の情婦だった芸者
- 黄六一 処刑された土匪の頭目
冒頭部(原文より)
広東に生れた孫逸仙等を除けば、目ぼしい支那の革命家は、――黄興、蔡鍔、宋教仁等はいずれも湖南に生れている。これは勿論曾国藩や張之洞の感化にもよったのであろう。しかしその感化を説明する為にはやはり湖南の民自身の負けぬ気の強いことも考えなければならぬ。僕は湖南へ旅行した時、偶然ちょっと小説じみた下の小事件に遭遇した。この小事件もことによると、情熱に富んだ湖南の民の面目を示すことになるのかも知れない。
「湖南の扇」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕は三泊の予定通り、五月十九日の午後五時頃、前と同じ江丸の甲板の欄干によりかかっていた。白壁や瓦屋根を積み上げた長沙は何か僕には無気味だった。それは次第に迫って来る暮色の影響に違いなかった。僕は葉巻を銜えたまま、何度もあの愛嬌の好い譚永年の顔を思い出した。が、譚は何の為か、僕の見送りには立たなかった。 江丸の長沙を発したのは確か七時か七時半だった。僕は食事をすませた後、薄暗い船室の電灯の下に僕の滞在費を計算し出した。僕の目の前には扇が一本、二尺に足りない机の外へ桃色の流蘇を垂らしていた。この扇は僕のここへ来る前に誰かの置き忘れて行ったものだった。僕は鉛筆を動かしながら、時々又譚の顔を思い出した。彼の玉蘭を苦しめた理由ははっきりとは僕にもわからなかった。しかし僕の滞在費は――僕は未だに覚えている、日本の金に換算すると、丁度十二円五十銭だった。
「湖南の扇」芥川龍之介(青空文庫)
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