暗い青春(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
陽当たりの良い暗い家
- 青春
- 文字数
- 13,159字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
この作品について
1947年(昭和22年)、雑誌「潮流」に発表された坂口安吾の自伝的な回想。芥川龍之介の死後、同人雑誌の編集部になった芥川家の二階で、龍之介の甥・葛巻義敏と夜通し翻訳や小説に追われた青春の日々を語る。陽当たりがいいのに暗い家、青いジュウタン、カルモチンの量が増えてゆく友人など、芥川家のたたずまいがそのまま若い日の気分を伝えている。
あらすじ
芥川龍之介の家は、陽当たりがよいのにいつも暗かった。「私」が通うようになったのは主人の自殺から二、三年のち、同人雑誌をはじめたとき、同人の一人に龍之介の甥・葛巻義敏がいて、芥川家を編集室にしていたからである。葛巻の部屋は二階の八畳で、青いジュウタンが敷かれ、龍之介がガス栓をくわえた事もあるという。夜ごとカルモチンを大量にのんで眠る葛巻は、顔の皮膚を黄濁させていた。雑誌の頁を埋めるため、私は辞書も引かず一夜に三、四十枚を翻訳し、葛巻は小説を書き、二人は幾夜も徹夜して言い争った。私は自分に書くべき言葉がないと感じ、暗かった。そのころ、私は就職の履歴書を持ってカフェーの経営者を訪ね、虫歯の哲理を語って失笑を買ったり、傲然とした友人から中国へ去ると告げられて取り残されたりした。他人の目には幸福そうな葛巻も、実は令嬢への片思いに悶え、薬に溺れていた。戦争はあの家を灰にしたというが、私の暗い家は灰にならず、そこに私の青春がとじこめられている。
冒頭部(原文より)
まつたく暗い家だつた。いつも陽当りがいゝくせに。どうして、あんなに暗かつたのだらう。 それは芥川龍之介の家であつた。私があの家へ行くやうになつたのは、あるじの自殺後二三年すぎてゐたが、あるじの苦悶がまだしみついてゐるやうに暗かつた。私はいつもその暗さを呪ひ、死を蔑み、そして、あるじを憎んでゐた。 私は生きてゐる芥川龍之介は知らなかつた。私がこの家を訪れたのは、同人雑誌をだしたとき、同人の一人に芥川の甥の葛巻義敏がゐて、彼と私が編輯をやり、芥川家を編輯室にしてゐたからであつた。
「暗い青春」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
そして葛巻と私は、芥川家の二階の一室で、言ひ争ひ、幾夜徹夜したであらうか。私はプン/\怒りながら飜訳してゐる。彼は小説を書いてゐる。どちらもひどい速力なのだ。私はいつも暗かつた。 私は思ひだす、あの家を。いつも陽当りの良い、そして、暗い家。戦争はあの家も小気味よく灰にしてしまつたさうだが、私の暗い家は灰にならない。その家に私の青春がとぢこめられてゐる。暗さ以外に何もない青春が。思ひだしても、暗くなるばかりだ。
「暗い青春」坂口安吾(青空文庫)
名文
まつたく暗い家だつた。いつも陽当りがいゝくせに。どうして、あんなに暗かつたのだらう。
安吾『暗い青春』の書き出し。同人誌の編集室として通った、自殺後の芥川龍之介の家の暗さを回想して始まる。
原文を読む
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