新潮記(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
幕末を生きる若者たち
- 歴史
- 青春
- 文字数
- 155,245字
- 読了目安
- 約5時間10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 静岡県
この作品について
嘉永五年、富士の登山口へ向かう二人の旅装の青年——幕末の胎動を背景にした山本周五郎の長編。攘夷と開国、学問と実践のあいだで揺れる若者たちが、それぞれの信じるところに従って動きだす。
あらすじ
嘉永五年五月はじめのある日、駿河のくに富士郡大宮村の浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向かっていった。参道を掃いていた宮守の老人が「もしもし」と呼び止め、お山へお登りかと問う——物語はそこから始まる。黒船来航の前夜、世は静かに軋みはじめていた。……青年たちが身を投じてゆくのは、学問と国事の交錯する世界である。「夷狄を討つ……先生が仰しゃるのは……それは蒙昧の説だ」「おれは思う……まあ黙れ」——遠くから聞こえてくる議論は、攘夷か開国かをめぐって割れている。秀之進と大助は、それぞれの立場から時勢に向き合い、あるいは木曽へ、あるいは大阪の店へ、尾州領の鋳工所へと足を運んで、実地に物を見ようとする。「誰が采配をとるんだ」という問いが投げかけられ、若者たちの覚悟が試される。やがて事は避けられぬところまで進む。終幕、秀之進は雨戸を明ける。手燭の光がさっと前庭へ流れ、二三人の人影がつぶてのように闇へ跳んだ。「大さん、雲が切れてる、明日はよく晴れるぞ」と言い残して彼が闇のなかへ歩きだすと、絶叫と怒号が起こり、地を蹴る足音が夜気をひき裂いた。大助は苦痛の呻きをもらして坐り込み、藤尾は手燭をかざしたまま、血のにじむほども唇を噛みしめつつ、少しも怯まぬ表情で戸外の物音をじっと聞きすましていた。
登場人物
- 秀之進 時勢のなかで行動を選ぶ青年
- 大助 秀之進とともに歩む友
- 藤尾 手燭をかざして怯まぬ女
冒頭部(原文より)
風雪の中 一 嘉永五年五月はじめの或る日、駿河のくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。参道を掃いていた宮守の老人がそれをみつけて、「もしもし」と呼び止めた。
「新潮記」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
そして藤尾は、……かの女は手燭をかざしたまま、血のにじむほども唇を噛みしめつつ、けれど少しも怯まぬ表情で、しずまりゆく戸外の物音をじっと聞きすましていた。まるでその物音をおのれの魂に彫みつけでもするかのように。
「新潮記」山本周五郎(青空文庫)
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