饗応夫人(太宰治)のあらすじ・登場人物
もてなしに憑かれた奥さま
- 心理
- 文字数
- 6,914字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
客をもてなすことに取り憑かれた女性を、女中の目から描いた短編。1948年(昭和23年)1月、雑誌「光」に発表された。戦地で夫の消息を絶った奥さまのもとへ、夫の友人・笹島先生とその仲間が入り浸り、家財も健康も蕩尽されていく。それでも「いや、と言えないの」と接待に狂奔する奥さまの姿を、語り手の女中は呆れながらも、やがて底知れぬ優しさとして見つめる。太宰晩年の女性独白体の佳品。
あらすじ
東京郊外の家に仕える女中の「私」の目に、奥さまは奇妙にうつる。玄関のベルが鳴るたび、鷲の羽音を聞いて飛び立つ小鳥のように緊張し、泣くような笑うような不思議な声を挙げて客を迎え、客間と勝手のあいだを走り狂うのである。昨年の暮、十年ぶりに再会したご主人の友人・笹島先生を招いてからは、その仲間たちが押しかけては泊まり込み、家は彼らの寮のようになった。酒を、鳥鍋を、朝風呂を——奥さまはいや、と言えないまま雑魚寝にまで加わり、財産も健康も削られていく。やがて喀血し、里へ帰る決心をして駅へ向かおうとしたその玄関先に、また笹島先生が現れる。
登場人物
- 奥さま 客のもてなしに取り憑かれたようにふるまう夫人。夫は南洋の島で消息を絶っている
- 私(ウメ) 奥さまに仕える女中。この家の顛末を語る
- 笹島先生 ご主人の友人の医学士。仲間を連れて入り浸るようになる
- 今井先生 笹島の仲間の若い医師。「ここはね、単なる宿屋さ」と放言する
冒頭部(原文より)
奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、お客におびえている、とでも言いたいくらいで、玄関のベルが鳴り、まず私が取次ぎに出まして、それからお客のお名前を告げに奥さまのお部屋へまいりますと、奥さまはもう既に、鷲の羽音を聞いて飛び立つ一瞬前の小鳥のような感じの異様に緊張の顔つきをしていらして、おくれ毛を掻き上げ襟もとを直し腰を浮かせて私の話を半分も聞かぬうちに立って廊下に出て小走りに走って、玄関に行き、たちまち、泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げてお客を迎え、
「饗応夫人」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
私がお使いに出されて、奥さまからあわてて財布がわりに渡された奥さまの旅行用のハンドバッグを、マーケットでひらいてお金を出そうとした時、奥さまの切符が、二つに引き裂かれているのを見て驚き、これはもうあの玄関で笹島先生と逢ったとたんに、奥さまが、そっと引き裂いたのに違いないと思ったら、奥さまの底知れぬ優しさに呆然となると共に、人間というものは、他の動物と何かまるでちがった貴いものを持っているという事を生れてはじめて知らされたような気がして、私も帯の間から私の切符を取り出し、そっと二つに引き裂いて、そのマーケットから、もっと何かごちそうを買って帰ろうと、さらにマーケットの中を物色しつづけたのでした。
「饗応夫人」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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