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待つ(太宰治)のあらすじ・登場人物

駅で何かを待つ二十歳の娘

  • 心理

太宰治 1942年(昭和17年)6月

文字数
2,069字
読了目安
約4分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

太宰治が1942年(昭和17年)に発表した、原稿用紙数枚のごく短い掌編。省線の小さな駅で、二十歳の娘が毎日、誰とも知れぬ「何か」を待ちつづける。待つ対象は明示されず、待つという行為そのものが、女性の一人称で澄んだ緊張をもって語られる。戦時下の世のなかで、人を恐れながらも何かを待たずにいられない娘の心を、短い文章に凝縮した作品。

あらすじ

二十歳の「私」は、毎日、省線の小さな駅へ、誰とも知れぬ人を迎えに行く。市場で買い物をした帰り、かならず駅の冷たいベンチに腰かけ、買い物籠を膝に、ぼんやり改札口を見つめている。電車が着くたびに吐き出されてくる大勢の人々を眺めながら、私は、いったい誰を、何を待っているのか、自分でもわからない。人と顔を合わせ、心にもない挨拶を交わすのが恐ろしく、人間そのものが怖い私が、それでも家にこもってはいられず、戦争のはじまった世の中で何かの役に立ちたいと、駅へ通いつづける。あれでもない、これでもない——こまかく震えながら、一心に何かを待つ私。その小さい駅の名は、わざと明かされないまま、「あなたは、いつか私を見掛ける」という呼びかけとともに、物語は静かに閉じられる。

登場人物

冒頭部(原文より)

省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷いベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。

「待つ」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰って来る二十の娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。

「待つ」太宰治(青空文庫)

名文

省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。

戦時下、二十歳の娘が小さな駅のベンチで「誰か」を待ち続ける独白の書き出し。待っているものの正体が最後まで明かされないまま、不安と期待が静かに語られていく。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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