めくら草紙(太宰治)のあらすじ・登場人物
書くな読むな思うな生きて在れ
- 心理
- 文字数
- 6,695字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 千葉県
この作品について
太宰治が1936(昭和11)年1月号の『新潮』に発表した短編。首尾の整った「小説らしい小説」を書くことへの倦怠、船橋に移り住んだ年に知り合った隣家の十六歳の娘マツ子との交流、眠れぬ夜に書きつけた言葉の断片を、寝椅子に横たわる語り手の独白でつないでいく。筋立てよりも語りの調子と断章の連なりで読ませる、初期の作品である。
あらすじ
「なんにも書くな。なんにも読むな。なんにも思うな。ただ、生きて在れ!」と、縁側の籐椅子に寝た語り手はつぶやく。首尾の一貫した「小説らしい小説」を書こうとしていた自分に嫌気がさし、お隣の娘マツ子に独白を筆記させてみるが、できたのはたった五枚である。語り手は、昭和十年の七月に移り住んだ土地で、お隣の庭の夾竹桃を譲ってもらったことから、十六歳のマツ子と親しくなったいきさつを書き出す。マツ子は毎日遊びに来るようになり、「あなたは尊いお人だ。死んではいけません」と書いた紙きれを郵便箱に入れたり、十八になったら京都のお茶屋に勤めるのだと話したりする。語り手はこの子を命がけで大切にしていると言いながら、日が暮れたからと家へ帰す。三日三晩眠れない夜、枕もとに原稿用紙と鉛筆を置いて、夜の言葉を書きつけていく。夜が明けると、庭には家人が植えた扇型の花壇ができていて、名札の並ぶ球根の名を書き写しながら語り手は涙を流す。マツ子はこの小説を読めば、もう来ないだろう。それでも、十指にあまる草木の名を挙げながら、その姿の描写を一句もしなかったことを誇りに、語り手は読者に別れを告げる。
登場人物
- 私 寝椅子に寝て独白を書く語り手
- マツ子 お隣の十六歳の娘
- 家人 語り手の妻
冒頭部(原文より)
なんにも書くな。なんにも読むな。なんにも思うな。ただ、生きて在れ! 太古のすがた、そのままの蒼空。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄なすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。おれは死ぬるともおまえを拝まぬ。歯をみがき、洗顔し、そのつぎに縁側の籐椅子に寝て、家人の洗濯の様をだまって見ていた。盥の水が、庭のくろ土にこぼれ、流れる。音もなく這い流れるのだ。水到りて渠成る。このような小説があったなら、千年万年たっても、生きて居る。人工の極致と私は呼ぶ。 鋭い眼をした主人公が、銀座へ出て片手あげて円タクを呼びとめるところから話がはじまり、しかもその主人公は高まいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦をつぶさに嘗め、その恥じるところなき阿修羅のすがたが、百千の読者の心に迫るのだ。
「めくら草紙」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
私はマツ子に傷をつけたのだから。涙はそのゆえにもまた、こんなに、あとからあとから湧いて出るのか。 否とよ。扇型、われに何かせむ。マツ子も要らぬ。私は、この小説を当然の存在にまで漕ぎつけるため、泣いたのだ。私は、死ぬるとも、巧言令色であらねばならぬ。鉄の原則。 いま、読者と別れるに当り、この十八枚の小説に於いて十指にあまる自然の草木の名称を挙げながら、私、それらの姿態について、心にもなきふやけた描写を一行、否、一句だにしなかったことを、高い誇りを以って言い得る。さらば、行け! 「この水や、君の器にしたがうだろう。」
「めくら草紙」太宰治(青空文庫)
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