正体(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
危篤の画家と裸体画の謎
- 心理
- 文字数
- 7,312字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
山本周五郎が1936年(昭和11年)、「アサヒグラフ」に発表した短編。危篤の親友・龍助の妻・佐知子に、ひそかな情熱を燃やす津川。画家・龍助が最期に残した一枚の裸体画をめぐって、愛と芸術の交錯を鋭く描いた一編である。
あらすじ
「龍助危篤」という電報を手にしたとき、津川は、電文の意味よりも「佐知子に会えるな」と思うほうが先だった。「なんていうやつだ」と自らを苦々しく反省しつつも、車で東京駅へ駆けつける彼の胸は、危篤の友を見舞うにふさわしい気持ちではなく、抑えても抑えてもふくれあがる、女への情熱でいっぱいだった。佐知子は、画家である親友・龍助の妻。彼女が龍助を追ってフランスへ行くとき会ったきり、五年——二人は、龍助の前では逢うことのできぬ関係になっていた。龍助が最期に残した、一枚の八十号の裸体画。それは、龍助自身にとっては「失敗の作」でしかなかったが、じつは、誰にも——夫の龍助にさえ——捉えることのできなかった佐知子の「正体」を、つきとめていたのだった。彼女が神秘の帷の奥に隠し、龍助から盗んで津川にひそかに与えていたもの——その正体を、一枚の絵が暴き出す。愛と芸術、そして人の心の奥にひそむ「正体」を、鋭く描いた、山本の短編である。
登場人物
- 津川 佐知子に情熱を燃やす男
- 佐知子 龍助の妻
- 龍助 危篤の画家
冒頭部(原文より)
龍助危篤という電報を手にしたとき、津川は電文の意味を知るよりも佐知子に会えるなと思うほうがさきだった。 「なんていうやつだ」 それでも彼はいちおうそう云って自分を苦々しく反省したが、車で東京駅へかけつける気持には、すでにどう抗ってみても危篤の友を見舞うにふさわしいものはなくて、抑えても抑えてもふくれあがる女への情熱でいっぱいだった。
「正体」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あの八十号の裸体こそ、彼女の正体をつきとめていたのだ、だが――彼にとってはあれは失敗の作でしかなかった、そして……」 津川は息詰るように呟きを呑んだ。
「正体」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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