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創生記(太宰治)のあらすじ・登場人物

山上から綴る芥川賞の裏話

  • 心理

太宰治 1936年(昭和11年)10月 「新潮」

文字数
12,368字
読了目安
約25分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

太宰治の短編。1936年(昭和11年)10月、雑誌「新潮」に発表された。片仮名だけで書いた断章、スランプの告白、家人との薬品をめぐるやりとりなどが続き、後半では、谷川温泉にこもった作者が芥川賞をめぐる事情を新聞社にあてて書いた「山上通信」と、その波紋が語られる。小説と身辺記のあわいを行き来する実験的な作品で、芥川賞の舞台裏にふれた箇所でも知られる。

あらすじ

冒頭は、潜水夫の座談会で語られたという、水死人が川底を立ったまま歩くという話を、片仮名ばかりの文でなぞる断章である。書けなくなった作者は四十日ほど考え、書けば書けるのにそれが危ういというスランプを自覚する。林房雄の一文に心を動かされて書きつけた手紙の調子の文、家人と毎夜のように繰り返される薬品をめぐる言い争いや、愛は言葉だと説く長い独白が続く。つづく「山上通信」は、谷川温泉にこもる作者が、佐藤春夫から「晩年」を芥川賞に推す声があると聞かされ、不自然でないなら受けてほしいと答えた経緯を、朝日新聞記者の杉山平助にあてて書いたものである。その文が杉山によってただちに返送され、のちに杉山が内容をうろ覚えのまま東京の人々に伝えたため、周囲は佐藤先生に迷惑がかかったのではないかと心配する。荻窪の夜、井伏鱒二の家で将棋をさしながら、作者は先生の愛情を疑ってはいないと語る。

登場人物

冒頭部(原文より)

――愛ハ惜シミナク奪ウ。  太宰イツマデモ病人ノ感覚ダケニ興ジテ、高邁ノ精神ワスレテハイナイカ、コンナ水族館ノめだかミタイナ、片仮名、読ミニククテカナワヌ、ナドト佐藤ジイサン、言葉ハ怒リ、内心ウレシク、ドレドレ、ト眼鏡カケナオシテ、エエト、ナニナニ?

「創生記」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

「若しや、先生へご迷惑かかったら、君、ねえ、――。」 「ええ、それは、――。けれども、先生、傷がつくにも、つけようございませぬ。山上通信は、私の狂躁、凡夫尊俗の様などを表現しよう、他にこんたんございません。先生の愛情については、どんなことがあろうたって、疑いません。こんどの中外公論の小説なども、みんな、――」 「うん、まあ、――。」 「みんな、だまって居られても、ちゃんと、佐藤先生のお力なのです。」 「そうだ、そうだ。」 「忘れようたって、忘れないのだし、――」 「うん、うん、――」  だんだん象棋の話だけになっていった。

「創生記」太宰治(青空文庫)

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