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蜜柑(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

夕暮れの汽車で出会う娘

  • 心理

芥川龍之介 1919年(大正8年)5月 「新潮」

文字数
3,159字
読了目安
約6分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

1919年(大正8年)5月、『新潮』に『沼地』とともに「私の出遇った事」の総題で発表された芥川龍之介の短編。曇った冬の夕暮れ、横須賀発の二等客車で、疲れ切った「私」が発車を待っている。そこへ十三、四歳の娘が、三等切符と大きな風呂敷包みを持って乗り込んでくる。「私」は頬の皸や服装を一瞥して不快を覚え、夕刊を広げて相手から目をそらそうとする。列車の移動に伴う窓の景色、隧道へ入るときの光の変化、下駄の音や煤煙の感触が、閉じた車内にいる語り手の気分と結びつく。娘の身の上が本人の口から詳しく語られるわけではなく、読者に届くのは、見る側の「私」が選んだ描写である。見知らぬ他者をどのような目で見ているのかが、短い道中の記述そのものから問われる。初出の題は体験談を思わせるが、作者と語り手を単純に重ねず、視線と言葉の組み立てにも注目したい作品である。

あらすじ

曇った冬の日暮れ、横須賀発の上り二等客車に腰を下ろした「私」は、言いようのない疲労と倦怠を抱えて発車を待っていた。そこへ、ひび割れた頬の田舎娘が、三等の切符を握ったまま慌ただしく二等車に乗り込んでくる。垢抜けない風体と無神経な様子が気に障り、私は娘の存在を忘れようと夕刊に目を落とすが、紙面に並ぶ平凡な記事もまた、不可解で下等な人生の象徴のように思われる。やがて汽車がトンネルに入ると、娘はわざわざ締め切った窓を開けようとし、車内に流れ込んだ煤煙で私は激しく咳き込む。叱りつけようとしたその時、汽車は町はずれの踏切に差しかかり、そこには声を上げて手を振る三人の男の子が立っていた。娘は窓から半身を乗り出し、懐に蔵していた蜜柑を五つ六つ、弟たちの上へ投げ与えた。娘はおそらく奉公先へ赴き、見送りに来た弟たちの労に報いたのだと私は思う。その瞬間、暖かな日の色に染まった蜜柑の色が私の心に焼きつき、私は不可解な、下等な、退屈な人生をわずかに忘れることができたのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。

「蜜柑」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………  私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。

「蜜柑」芥川龍之介(青空文庫)

名文

私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。

汽車の窓から弟たちへ蜜柑を投げる小娘を見た直後の結び。灰色だった風景が一瞬だけ色を帯びる、芥川の小品でもっとも澄んだ幕切れ。

暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。

奉公先へ向かう小娘が、見送りに来た弟たちへ汽車の窓から蜜柑を投げる場面。暮れ方の踏切に散る鮮やかな色が、倦み疲れた「私」の心を一瞬で塗り替える。

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