桃太郎(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
英雄譚を裏返す痛烈な諷刺
- 風刺
- 文字数
- 4,427字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介が1924年(大正13年)、「サンデー毎日」に発表した短編。誰もが知る昔話「桃太郎」を大胆に読みかえた諷刺小説である。芥川の描く桃太郎は、正義の英雄などではない。天地開闢のむかしから山奥にそびえる桃の大木から生まれた彼は、働くのを嫌い、宝を奪う気まぐれから、罪もない鬼たちの島へ攻め入る侵略者として造形される。鬼が島の鬼はむしろ平和で心優しく、突然の襲撃に子や女を殺され、宝を奪われる被害者だ。英雄譚の裏側を暴き、侵略と征服の欺瞞をあぶり出す、痛烈なアイロニーに満ちた一編である。
あらすじ
むかし、深い山の奥に、天地開闢のころから立つ桃の大木があった。一万年に一度だけ実をつけるその木の実には、赤児が一人ずつ宿っている。ある朝、一羽の八咫鴉が実をひとつ啄み落とし、実は谷川を下って人間の世界へ流れ着く——桃太郎の誕生である。だが芥川の桃太郎は、爺と婆にかしずかれて育つうち、山や川の仕事を嫌うようになり、いっそ鬼が島へ鬼を征伐に行きたいと言い出す。厄介払いをしたい爺婆は、喜んできび団子を持たせて送り出す。道中、犬と猿と雉は、桃太郎の高慢な態度としみったれたきび団子に不満をいだきながらも、しぶしぶ家来になる。ところが攻め込まれる鬼が島は、椰子の茂る美しい常世の国で、鬼たちは詩を吟じ琴を弾く、平和で罪のない種族だった。桃太郎の一行は、その鬼たちを情け容赦なく殺し、宝物を奪い、鬼の子を人質にとって凱旋する。征伐された鬼の側から見れば、桃太郎こそ理不尽な侵略者にほかならない。島に生き残った若い鬼たちは、独立を期して椰子の実に爆弾を仕込みはじめる——。英雄物語を裏返し、征服者の傲慢と被征服者の悲哀を鮮やかに描いた、芥川の諷刺の傑作である。
登場人物
- 桃太郎 桃から生まれ、鬼が島へ攻め入る少年
- 犬・猿・雉 しぶしぶ従える家来
- 鬼 平和な常世の国に暮らす、襲われる側の種族
冒頭部(原文より)
むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及んでいた。
「桃太郎」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように、累々と無数の実をつけている。勿論桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を露わすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。……
「桃太郎」芥川龍之介(青空文庫)
名文
人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように、累々と無数の実をつけている。勿論桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。
昔話を皮肉たっぷりに書き換えた短編の結び。鬼ヶ島を侵略する桃太郎を描いたあと、物語は再び桃の木へ戻り、まだ生まれぬ「未来の天才」たちを予告して終わる。
原文を読む
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