南京虫殺人事件(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
腕時計ひとつが解く密輸殺人
- ミステリ
- 文字数
- 12,665字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1953年(昭和28年)4月、大衆雑誌「キング」に発表された坂口安吾の探偵小説。題名の「南京虫」は作中で婦人用の小型腕時計を指す。世田谷に住む美貌のピアニストが殺され、警官の父と婦警の娘が、犯人の逃げた塀のそばで拾った一つの腕時計を手がかりに推理を重ねる。小さな不自然を見逃さない父のカンと、親子の掛け合いが楽しい、読み切りの犯罪小説である。
あらすじ
世田谷の板塀の家に住む美人のピアニスト比留目奈々子の玄関で言い争う声を聞いた波川巡査は、二人の男を怪しんで、娘の婦警百合子と尾行する。二人は渋谷の大邸宅街で、一人が塀を乗り越えて姿を消し、巡査親子は残った男に殴り倒されて逃げられる。庭を調べると、百合子は婦人用の金の腕時計(南京虫)を拾った。翌日、奈々子は麻薬を注射されて死んでいた。彼女の家には香港からのカンヅメ荷物の包み紙と五十三個の南京虫が残り、暗黒街の謎の女親分ミス南京という噂が重なる。しかし元の旦那の証言では、奈々子は麻薬に溺れて金に困っていた。百合子は塀の内側の中国人陳氏の邸を訪ね、美しい令嬢に魅了されて帰る。ところが父の波川は、陳邸の庭で拾った腕時計だけに腕輪が付いていることに気づく。奈々子の家のものは時計だけで、犯人は男装した女で、落としたのは自分の腕時計だという推理だった。娘が令嬢のもとへ急ぐと、令嬢はミス南京は自分だと告白し、日本人であることだけは墓まで持っていくと言って階段を昇ってゆく。
登場人物
- 波川巡査 四十五歳の巡査。第六感を頼りに奈々子の家の二人を尾行する
- 百合子 波川の娘。婦警で、父と一緒に捜査にあたる
- 比留目奈々子 ピアニストを名乗る美貌の女。麻薬を注射されて殺される
- 陳令嬢 渋谷の大邸宅に住む中国人の令嬢。百合子が好感をもつ
冒頭部(原文より)
「ここの女主人は何者だろうな」 この家の前を通る時、波川巡査は習慣的にふとそう思う。板塀にかこまれた小さな家だが、若い女の一人住いで、凄い美人と評判が高い。 警察の戸口調査の名簿には「比留目奈々子二十八歳、職業ピアニスト」となっているが、ききなれない名前である。なるほど稀にピアノの音がすることもあったが、しょッちゅうシェパードらしい猛犬が吠えたてているので有名だった。 今日もシェパードが吠え立てている。するとカン高い女の声がきこえた。 「なんですって! 小包……知りませんよ……脅迫するんですか!」
「南京虫殺人事件」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
令嬢はきつく力をこめて百合子の手を握りしめると立上った。そして、笑みかけた。 「私の日本名と、素性だけは、私と一しょに永遠に墓の底に埋めさせてちょうだい。私はこれからいまと同じ内容の告白書を綴って死にますが、私が日本人で、彼の妻であることだけは書きたくないのです。誇りが許さないのです。あなたにだけは打ち明けましたが、もしも私があなたすらも偽って死んだとすれば、死後の淋しさに堪えられないでしょう」 茫然と居すくむ百合子をのこして、令嬢は静かな足どりで自室への階段を登って行った。
「南京虫殺人事件」坂口安吾(青空文庫)
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