握った手(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
握り返された手のゆくえ
- 風刺
- 恋愛
- 文字数
- 11,293字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1954年(昭和29年)4月、「別冊小説新潮」に発表された坂口安吾の短篇。映画館で見知らぬ娘の手を握ってしまった内気な大学生が、握り返された手にこだわるあまり、勢いで同級生の女学生にも同じことを試みて、思いがけない苦悩に陥る。大まじめな理屈と空まわりする行動の落差をユーモラスに描く、安吾の風俗喜劇のひとつ。
あらすじ
大学生の松夫は内気だが、映画館で隣の娘綾子の手を握ると握り返され、それ以来つきあっている。彼は結婚を考えながら、あの手の握り返し方は誰にでもするのではないか、と思いつめて苦しむ。ある日、校外の庭園で、心理学に凝ってロイド眼鏡をかけた同級生の水木由子を見かける。彼女も握り返すのか確かめたくなった松夫は、突然ひざまずいて彼女の手を握り、愛を告げ、翌日の再会を約束させる。解放感に酔った彼は翌日、勝負のつもりで遅れて出かけるが、彼女の姿はなかった。以来、自分の手が毛だらけの「ケダモノの手」に思えて学校へも行けなくなり、綾子にまで頼りない態度をとって「三下」と呼ばれる。最後の試験の日、すれちがった水木由子に追いついた松夫は、汗をかきながらお詫びを述べる。由子はやさしく、手くびの痛みがうれしかったこと、あの日は眼鏡を外して待っていたことを明かし、「もう取り返せないことよ」と去ってゆく。
登場人物
- 松夫 大学生。内気で、握り返された手にこだわって考えすぎる
- 綾子 松夫の恋人。映画館で知り合った事務員で、ワガママで強引
- 水木由子 心理学に凝る同級生。ロイド眼鏡と眉間の小ジワが目印
冒頭部(原文より)
松夫はちかごろ考えすぎるようであった。大学を卒業して就職できたら綾子と結婚しようと考える。以前はそうではなかった。かりそめの遊びの気持であったが、だんだんそうではなくなって、必ず結婚しなければ、と考えるようになった。 彼が考えすぎるにはワケがあった。松夫と綾子との出会いは甚だしく俗悪で詩趣に欠けているのである。ある映画館であった。隣席の娘が愛くるしいので松夫は心が動いた。映画のラヴシーンと現実とが、一時的に高揚して、アッと思うヒマもなく隣席の娘の手を握ってしまったのである。
「握った手」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
「もう本当にお別れね。お身体、御大事になさいね。もうみんな済んだことですから気軽に云えるけど、私あの日、約束の時刻にお待ちしてたのよ。眼鏡を外してアナタをお待ちしてたのよ。アナタの遅れたのがいけないのだわ。縁がなかったのね、でも、それがよかったのよ。もう、みんな、すんだことですもの。もう取り返せないことよ。でもね。手クビの痛さ、忘れないわ。御大事にね」 水木由子は静かに去ったのである。 松夫は叩けよ開かれんの教訓にしたがい、学校から水木由子の住所をきいて求愛の手紙をだしたが返事はこなかった。もう取り返せないことよ、という彼女の言葉が教訓以上の真実だったようだ。縁がなくてよかったわ、という彼女の言葉も。
「握った手」坂口安吾(青空文庫)
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