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令嬢アユ(太宰治)のあらすじ・登場人物

鮎の解禁日に出会った娘

  • 恋愛
  • 風刺

太宰治 1941年(昭和16年)6月 「新女苑」

文字数
5,736字
読了目安
約11分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 静岡県

この作品について

太宰治が1941(昭和16)年6月に『新女苑』に発表した短編。語り手の若い友人の佐野君が、鮎の解禁日に出かけた伊豆の河原で出会った娘に心を奪われ、結婚したいと言い出す。軽妙な語りで進む釣りの顛末に、出征する甥を見送る場面で時局がのぞき、最後は語り手自身の世間的な偏見が顔を出す。

あらすじ

語り手の友人、大学の文科にいる二十二歳の佐野君は、落第が確実になってきたので小説家になるより他はないと覚悟を決めたらしい。ことしの六月、鮎の解禁の日に、原稿用紙や本を鞄に詰めて伊豆の温泉場へ出かけたが、釣れたのは柳の葉ほどの鮎二匹だけで、土産の鮎は魚屋から買って帰った。その旅から、結婚したい人を見つけたと言い出す。釣りに出た朝、緑の寝巻姿で素足を見せていた令嬢に思わず歓声を上げ、河原で彼女から「おそめ」という名の蚊針をもらった。令嬢は岩から落ちて胸が赤く染まるが、それは桑の実だった。三日後、帰る朝にまた出会った令嬢は、出征した甥を見送って淋しがる田舎のおじいさんに花束を持たせ、国旗を持って、バスの窓から「おじさん、しょげちゃ駄目よ」と励ます。佐野君は、なぜだか泣きたくなる。話を聞き終えた語り手は、その人が宿屋の令嬢ではなく、毎月一日しか休めない身の上で、おじいさんが泊まったことを照れていたことから、事情を察する。佐野君も察して拳でテーブルをたたく。語り手は、鮎の娘さんこそ本当の令嬢だと思いながら、それでも友人との結婚には頑固に反対するのだと、自分の俗物ぶりを認める。

登場人物

冒頭部(原文より)

佐野君は、私の友人である。私のほうが佐野君より十一も年上なのであるが、それでも友人である。佐野君は、いま、東京の或る大学の文科に籍を置いているのであるが、あまり出来ないようである。いまに落第するかも知れない。少し勉強したらどうか、と私は言いにくい忠告をした事もあったが、その時、佐野君は腕組みをして頸垂れ、もうこうなれば、小説家になるより他は無い、と低い声で呟いたので、私は苦笑した。学問のきらいな頭のわるい人間だけが小説家になるものだと思い込んでいるらしい。それは、ともかくとして、佐野君は此の頃いよいよ本気に、小説家になるより他は無い、と覚悟を固めて来た様子である。日、一日と落第が確定的になって来たのかも知れない。もうこうなれば、小説家になるより他は無い、と今は冗談でなく腹をきめたせいか、此の頃の佐野君の日常生活は、実に悠々たるものである。

「令嬢アユ」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

「わあっ! そうかあ。なあんだ。」佐野君は、こぶしをかためて、テーブルをどんとたたいた。もうこうなれば、小説家になるより他は無い、といよいよ覚悟のほどを固くした様子であった。  令嬢。よっぽど、いい家庭のお嬢さんよりも、その、鮎の娘さんのほうが、はるかにいいのだ、本当の令嬢だ、とも思うのだけれども、嗚呼、やはり私は俗人なのかも知れぬ、そのような境遇の娘さんと、私の友人が結婚するというならば、私は、頑固に反対するのである。

「令嬢アユ」太宰治(青空文庫)

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