アプリで読む

無料・登録不要

二十七歳(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

肉体にふれなかった恋

  • 恋愛
  • 心理

坂口安吾 1947年(昭和22年)3月 「新潮」

文字数
18,756字
読了目安
約38分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1947年(昭和22年)3月、「新潮」に発表された坂口安吾の自伝的小説。作家となった二十代後半の「私」と、戦争中に亡くなった女流作家矢田津世子との、肉体にふれないままに終わった恋を回想する。同人雑誌「桜」の仲間、中原中也や牧野信一らとの交遊、ひとりの女給との旅など、昭和初期の文壇の空気も混じる。戦後の安吾が自身の青春をふりかえった、私小説的な一篇。

あらすじ

戦争中に矢田津世子の死亡通知を受け取った「私」は、涙を流したあと、二十七歳のころの恋を語りだす。「風博士」で新進作家とされた私は、酒場の女給と泊まり歩くなどの生活に明け暮れ、中原中也や牧野信一、河上徹太郎らと交遊していた。ある夜、友人を介して矢田津世子と出会う。彼女の置いて行った本を口実に手紙をやりとりし、私は眠れない喜びのなかで恋に落ちる。やがて同人雑誌「桜」を始めて頻繁に会うようになるが、肉体にはふれる勇気がなく、五年のあいだ結ばれることはなかった。そのうち、新聞社の幹部Wが彼女と深い仲にあることを、ふとした話から知る。ショックで臆病になり、私は結婚したいと母に話していながら「もう厭なんだ」と言い出し、ほかの女給と旅に出ても、矢田津世子とWの幻にさいなまれた。私は自分を投げやりな落伍者のように考えるようになり、その魂の転落はこのころから始まる。それから三年のち、矢田津世子は私を訪ねてくる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 魂や情熱を嘲笑うことは非常に容易なことなので、私はこの年代に就て回想するのに幾たび迷ったか知れない。私は今も嘲笑うであろうか。私は讃美するかも知れぬ。いずれも虚偽でありながら、真実でもありうることが分るので、私はひどく馬鹿馬鹿しい。  この戦争中に矢田津世子が死んだ。私は死亡通知の一枚のハガキを握って、二、三分間、一筋か二筋の涙というものを、ながした。そのときはもう日本の負けることは明らかな時で、いずれ本土は戦場となり、私も死に、日本の男はあらまし死に、女だけが残って、殺気立った兵隊たちのオモチャになって殺されたり可愛がられたりするのだろうと考えていたので、私は重荷を下したようにホッとした気持があった。

「二十七歳」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私はそのころから、有名な作家などにはならなくともよい、どうにとなれ、と考えた。元々私は、文学の始めから、落伍者の文学を考えていた。それは青年の、むしろ気鋭な衒気ですらあったけれども、やっぱり、虚無的なものではあった。私は然し、再びそこへ戻ったのではなかったようだ。私の心に、気鋭なもの、一つの支柱、何か、ハリアイが失われていた。私はやぶれかぶれになった。あらゆる生き方に、文学に。そして私の魂の転落が、このときから、始まる。  私はもう、矢田津世子に会わなかった。まる三年後、矢田津世子が、私を訪ねて、現われるまで。

「二十七歳」坂口安吾(青空文庫)

名文

魂や情熱を嘲笑うことは非常に容易なことなので、私はこの年代に就て回想するのに幾たび迷ったか知れない。

自伝的作品『二十七歳』の書き出し。矢田津世子との恋をめぐる年代を、嘲笑と讃美のあいだで揺れながら振り返り始める。

私はやぶれかぶれになった。あらゆる生き方に、文学に。そして私の魂の転落が、このときから、始まる。

作品の終わり近く、文学への支柱を失った語り手の述懐。のちの安吾の生き方を予告するような、鋭い自己認識の一節である。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品