オモチャ箱(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
夢を失った作家への挽歌
- 心理
- 文字数
- 22,564字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
- 東京都
この作品について
1947年『光』に載った、坂口安吾の戦後の力作。講談社文芸文庫の表題作にもなり、安吾が敬愛した牧野信一の人と文学を語る作品として知られる。作中では貧窮の作家「三枝庄吉」とその女房を通して、夢のような小説世界が現実から遊離してゆく悲劇を、語り手が見つめる。芸術論と、愛すべきだらしなさをもつ人間への哀惜が溶け合っている。
あらすじ
語り手は、芸ごとに生きるほかない人間がいるとして、小説以外につぶしのきかない作家・三枝庄吉を紹介する。庄吉は転々と引っ越し、借金取りに追われ、女房は貧乏を友として暮らす。庄吉の小説は、自分と女房を主人公に「こうなってほしい」夢物語を書くもので、女房も作中の自分に似てゆくが、庄吉の作品が現実の根を離れるにつれ、女房にはそれが納得できなくなる。庄吉は酔うと女房の妹や、疑雨荘のマダムなどのもとを夢遊歩行のように訪ねる。マダムにからかわれ、女房が失踪し、小田原の実家へ戻っても、母には疎まれ、新聞連載の依頼を受けても書けない。女房が若い弟子と家を空けると、庄吉は憔悴して後輩の按吉を呼ぶが、ほどなくして子供部屋の梁に帯をかけて首を吊って死ぬ。女房は喪服を着て「あいつ、私を苦しめるために自殺した」と言い、のちに夜の女に身を落とす。語り手は、庄吉のオモチャ箱が現実から遊離してこわれたのだと思い、その下らぬ死を悼む。
登場人物
- 三枝庄吉 小説以外につぶしのきかない貧窮の作家
- 庄吉の女房 庄吉の作中の自分に似てゆく女
- 栗栖按吉 庄吉の後輩の三文文士。庄吉に忌憚なく意見する
- 疑雨荘のマダム アパートの経営者。庄吉を軽くあしらう
- 私 庄吉と親しい語り手の作家
冒頭部(原文より)
およそ芸ごとには、その芸に生きる以外に手のない人間というものがあるものだ。碁将棋などは十四、五で初段になる、特別天分を要するものだから、その道では天来の才能に恵まれているが、外のことをやらせると国民学校の子供よりも役に立たない、まるで白痴のような人があったりする。
「オモチャ箱」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
庄吉よ、現にあなたの女房はそうなっているのだ。 私はあなたを辱しめるのでもなく、あなたの女房を辱しめるのでもない。人間万事がそうしたものなのだ。 あなたの文学が、あなたの夢が、あなたのオモチャ箱が、この現実を冷酷に見つめて、そこに根を下して、育ち出発することを、なぜ忘れたのですか。現実は常にかく冷酷無慙であるけれども、そこからも、夢は育ち、オモチャ箱はつくれるものだ。 私はあなたの女房のサンタンたる姿を眺めたとき、庄吉よ、これを見よ、あなたはなぜこれを見ることを忘れたのか、だからあなたはあんなに下らなく死んだのだ、バカ、だから女房が実際こんなにあさましくもなったんじゃないか、あなたは負けた、この女房のサンタンたる姿に。なんということだ、あんな立派な鬼の目をもちながら。 私は、あなたの実に下らぬ死を思い、やるせなくて、たまらなかったのだ。
「オモチャ箱」坂口安吾(青空文庫)
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