トカトントン(太宰治)のあらすじ・登場人物
何もかも壊す幻聴トカトントン
- 心理
- 文字数
- 12,796字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 青森県
この作品について
太宰治が戦後の1947年(昭和22年)に発表した短編。青森の郵便局に勤める青年が、ある作家に宛てた手紙という形式で語る。何かに感動し、真剣になろうとするたびに、どこからか響いてくる「トカトントン」という金槌の音——その幻聴に、あらゆる情熱を打ち砕かれてしまう青年の空虚を描く。
あらすじ
拝啓。一つだけ教えて下さい、困っているのです——手紙はそう始まる。差出人は二十六歳の青年。青森の花屋の次男に生まれ、軍需工場や軍隊を経て、無条件降伏とともに故郷へ帰り、いまは海岸の部落の三等郵便局に勤めている。彼を悩ませているのは、奇妙な幻聴だった。玉音放送を聞いて厳粛な気持ちになった、その直後——どこからか「トカトントン」という、かすかな金槌の音が聞こえてきたのだ。以来、何かに感動し、仕事に打ち込み、恋に胸を高鳴らせ、あるいは怒りに燃え、革命を夢見る——そのたびに、あの「トカトントン」が響いてきて、いっさいの情熱が、白々しく、ばかばかしいものに崩れ落ちてしまう。運動会でも、失恋でも、争議でも、自殺を思いつめたときでさえ、あの音が。青年は作家に、この幻聴からどうすれば逃れられるのかと問う。手紙の最後では、語った出来事の多くは嘘のようだが、音だけは嘘ではないようだと書き添える。この奇異な手紙を受け取った作家は、聖書のマタイ伝の一節を引いて、短い返答を与えるのだった。戦後の虚脱と、あらゆる価値の崩壊のなかに生きる青年の空虚を、鋭く捉えた太宰の名短編である。
登場人物
- 私(青年) 郵便局に勤める二十六歳
- 某作家 手紙の受取人
冒頭部(原文より)
拝啓。 一つだけ教えて下さい。困っているのです。 私はことし二十六歳です。生れたところは、青森市の寺町です。(……)青森の中学校を出て、それから横浜の或る軍需工場の事務員になって、三年勤め、それから軍隊で四年間暮し、無条件降伏と同時に、生れた土地へ帰って来ましたが、既に家は焼かれ、父と兄と嫂と三人、その焼跡にあわれな小屋を建てて暮していました。
「トカトントン」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
拝復。気取った苦悩ですね。僕は、あまり同情してはいないんですよ。(……)マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。
「トカトントン」太宰治(青空文庫)
名文
背後の兵舎のほうから、誰やら金槌で釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞えました。
敗戦の日、死を覚悟した青年の耳に届いた釘を打つ音。以後この音を聞くたびに一切の情熱が白々しく消えてしまう、戦後の虚脱を象徴する場面。
原文を読む
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