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大塩平八郎(森鴎外)のあらすじ・登場人物

一日で燃え尽きた蜂起

  • 歴史

森鴎外 1914年(大正3年)1月 「中央公論」

文字数
46,384字
読了目安
約1時間33分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 大阪府

この作品について

天保八年(1837)に大阪で起きた大塩平八郎の乱を、二月十九日の一日を中心に、奉行所、大塩邸、城、船場の各所を行き来しながら描いた歴史小説。『中央公論』1914年1月号に発表。作者は附録で、史実に推測を加えて一日の出来事を書いたと述べ、時刻の分かる事実の表を載せている。蜂起した側だけでなく、密告者、防衛にあたる役人、巻き込まれた塾生など、多くの人物を描く。

あらすじ

天保八年二月十九日の暁、大阪西町奉行所の門を、東町奉行所の同心吉見九郎右衛門の子英太郎と河合八十次郎の二人の少年が叩き、一大事の訴状を差し出す。陰謀の首領は元与力で陽明学者の大塩平八郎で、前々日にも同心平山助次郎が、東町奉行跡部良弼に密告していた。奉行たちはためらいがちに動き、東町では当番の与力小泉淵次郎が斬られ、与力瀬田済之助は逃れて大塩の屋敷へ駆け込む。連年の飢饉で民が苦しむのに、役人も富豪も救わないことに憤った平八郎は、蔵書を売って窮民に配り、砲術の稽古を口実に武器を整えていた。塾生の宇津木矩之允は事を知って殺され、弟子の岡田良之進は逃れる。朝五つ、屋敷に火を放って百人余が出陣し、船場の富豪の店に大筒を撃ち込む。しかし奉行や坂本鉉之助らの鉄砲隊と衝突すると統制を失い、平八郎は同勢を解散させた。平八郎父子と同志は舟で逃れ、河内、大和へ逃げ回るが、同志たちは自刃などで次々に命を落とす。平八郎は大阪に戻って油懸町の美吉屋に潜むが、追手に囲まれ、息子格之助を刺したのち、自らも喉を突いて果てた。江戸の評定では多くの者が牢死していたため、塩詰の死骸が磔にされた。

登場人物

冒頭部(原文より)

天保八年丁酉の歳二月十九日の暁方七つ時に、大阪西町奉行所の門を敲くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手の方角から、内本町通を西へ行つて、本町橋に掛からうとする北側にあつた。

「大塩平八郎」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

城代土井以下賞与を受けたものは十九人あつた。中にも坂本鉉之助は鉄砲方になつて、目見以上の末席に進められた。併し両町奉行には賞与がなかつた。

「大塩平八郎」森鴎外(青空文庫)

名文

この二つの道が塞がつてゐたので、平八郎は当時の秩序を破壊して望を達せようとした。平八郎の思想は未だ醒覚せざる社会主義である。

鴎外が『大塩平八郎』の末尾で乱の性格を論じた一節。飢饉に苦しむ貧民の側に立った挙兵を「未だ醒覚せざる社会主義」と名づけている。

平八郎は哲学者である。併しその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生れず、恐ろしい社会主義も出なかつたのである。

陽明学者でもあった平八郎を評した一文。思想家としての彼を認めつつ、その哲学の限界を冷静に見定める鴎外らしい筆致である。

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