黄村先生言行録(太宰治)のあらすじ・登場人物
山椒魚に恋した先生
- 風刺
- 文字数
- 13,786字
- 読了目安
- 約28分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 山梨県
- 東京都
この作品について
1943年(昭和18年)1月、雑誌「文学界」に発表された短編。弟子格の語り手「私」が、変わり者で見栄っ張りの老人・黄村先生の逸事を紹介する連作ふうの冒頭作で、井の頭公園の水族館で山椒魚に魅了された先生が、一丈もの大山椒魚を求めて甲府の湯村温泉で騒動を起こす。先生の座談を括弧つきの心の声で茶化す語りが軽快な、ユーモア小説。
あらすじ
語り手の「私」は、弟子のように黄村先生に付き添っている。早春、井の頭公園の水族館で山椒魚を見た先生は夢中になり、動物学の本を読みあさって、その生態と、伯耆国淀江村の百姓が飼うという身の丈一丈の山椒魚の噂を座談で披露する。数日後、旅先の甲府湯村温泉で、私は厄除地蔵の祭りの見世物小屋に「淀江村の山椒魚」を見つけ、先生に電報を打つ。駆けつけた先生は山椒魚を買い取ろうと、見世物の大将と酒を酌み交わすが、大将は先生の道楽と間の抜けた言動を見抜き、手放す気はないと断る。先生は階段を踏みはずして腰を打ち、持参の金を湯治代に使い果たす。
登場人物
- 黄村先生 阿佐ヶ谷に住む老人。凝り性で見栄っ張り、風流を解さない
- 私 先生の座談を筆記する弟子格の作家
- 見世物の大将 湯村で山椒魚の見世物を営む男。先生の道楽を見抜く
冒頭部(原文より)
(はじめに、黄村先生が山椒魚に凝って大損をした話をお知らせしましょう。逸事の多い人ですから、これからも時々、こうして御紹介したいと思います。三つ、四つと紹介をしているうちに、読者にも、黄村先生の人格の全貌が自然とおわかりになるだろうと思われますから、先生に就いての抽象的な解説は、いまは避けたいと思います。)
「黄村先生言行録」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
以上は、先生の山椒魚事件の顛末であるが、こんなばかばかしい失敗は、先生に於いてもあまり例の無い事であって、山椒魚の毒気にやられたものと私は単純に解したいのであるが、「趣味の古代論者、多忙の生活人に叱咤せらる。南方の強か、北方の強か。」とかいう先生の謎のような一言を考えると、また奇妙にくすぐったくなって来るのも事実である。ご存じであろうけれども、南方の強、北方の強、という言葉は、中庸第十章にも見えているようであるが、それとこれとの間に於いては別段、深い意味もないように、私には思われる。とにかく黄村先生は、ご自分で大いなる失敗を演じて、そうしてその失敗を私たちへの教訓の材料になさるお方のようでもある。
「黄村先生言行録」太宰治(青空文庫)
名文
とにかく黄村先生は、ご自分で大いなる失敗を演じて、そうしてその失敗を私たちへの教訓の材料になさるお方のようでもある。
山椒魚に凝って大損をした黄村先生の逸話の結び。とぼけた敬意をこめて先生を描く、太宰のユーモア小説の味わいがよく出ている。
原文を読む
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