和太郎さんと牛(新美南吉)のあらすじ・登場人物
酔っぱらい牛と天からの授かりもの
- 風刺
- 幻想
- 文字数
- 13,965字
- 読了目安
- 約28分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 愛知県
この作品について
新美南吉の童話で、作者の没後まもない1943年(昭和18年)9月に刊行された童話集『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)に収められた。名古屋から十里ほど離れた半島の村を舞台に、酒好きの牛ひき・和太郎さんと、よぼよぼだが気の利く年寄り牛の暮らしを描く。茶店の松に牛をつないで飲みすぎても、牛が家まで連れて帰ってくれる――そんな和太郎さんが、ある春の夕暮れに牛へ恩返しをしようと思い立つところから話が動く。村人たちの噂話や捜索の騒ぎがおかしみたっぷりに語られ、狐話も交えて、のどかな村の人情とふしぎを描いた一編である。
あらすじ
牛ひきの和太郎さんの牛は、あばら骨が数えられるほどのよぼよぼ牛だが、和太郎さんにとってはたいそうよい牛だった。酒好きの和太郎さんが町への途中の茶店で酔いつぶれても、牛がちゃんと家まで連れて帰ってくれるからである。和太郎さんは若いころ嫁をもらったが、嫁が目の不自由な母親の顔を見るのを嫌ったため、母親をかばって嫁を里へ帰し、それきり妻をもらわなかった。嫁はいらないが子どもはほしい、とよく思うのだった。
ある春の夕暮れ、酒のおりを運ぶ途中で樽の鏡板がはずれ、おりが道にこぼれてしまう。和太郎さんは日ごろの恩返しにと牛にそれをなめさせ、牛は一滴残らずなめつくす。帰り道、飲まないと決めていた和太郎さんも茶店で飲んでしまい、酔った牛と酔った和太郎さんは夜の道へ消えていく。
夜更けになっても帰らない息子を心配した母親の訴えで、駐在の芝田さんと村の青年団は、狐に化かされたのではと鐘や太鼓を鳴らして一晩じゅう山を探し回るが、見つからない。明け方、和太郎さんは牛車に乗ってけろりと帰ってくる。着物も牛車もずぶぬれで、懐からは鮒や源五郎が出てきて、牛の蹄には遠いろっかん山の頂にしか咲かないえにしだの花がはさまっていた。そして牛車の上には、花束と丸々太った男の赤ん坊の入った籠がのっていた。親はついに現れず、和太郎さんはその子を和助と名づけて育てる。理屈好きの次郎左エ門さんが何と言おうと、和太郎さんは天からの授かりものだと言い張った。和助は立派な牛飼いに育ち、和太郎さんはいまも元気である。
登場人物
- 和太郎さん 酒好きの牛ひき。目の不自由な老母と二人暮らしで、よぼよぼの牛を大事にしている
- よぼよぼ牛 和太郎さんの年寄り牛。酔った主人をいつも家まで連れて帰る
- 和太郎さんの母親 田の草取りで片目をつぶした老母。帰らない息子を案じて駐在所へ駆け込む
- 次郎左エ門さん 東京帰りの理屈好きな村人
- 芝田さん 村の駐在の巡査
冒頭部(原文より)
牛ひきの和太郎さんは、たいへんよい牛をもっていると、みんながいっていました。だが、それはよぼよぼの年とった牛で、おしりの肉がこけて落ちて、あばら骨も数えられるほどでした。そして、から車をひいてさえ、じきに舌を出して、苦しそうにいきをするのでした。 「こんな牛の、どこがいいものか、和太はばかだ。こんなにならないまえに、売ってしまって、もっと若い、元気のいいのを買えばよかったんだ」 と、次郎左エ門さんはいうのでした。次郎左エ門さんは若いころ、東京にいて、新聞の配達夫をしたり、外国人の宣教師の家で下男をしたりして、さまざま苦労したすえ、りくつがすきで仕事がきらいになって村にもどったという人でありました。
「和太郎さんと牛」新美南吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
「世の中は、りくつどおりにゃいかねえよ。いろいろふしぎなことがあるもんさ」 さて、この天からさずかった子どもの和助君は、それからだんだん大きくなり、小学校では、わたしと同級で、和助君はいつも級長、わたしはいつもびりのほうでしたが、小学校がすむと、和助君は、和太郎さんのあとをついで、りっぱな牛飼いになりました。そして、いまでは和太郎さんは、だいぶんおじいさんになりましたが、まだ元気です。おかあさんとよぼよぼ牛は、一昨年なくなりました。
「和太郎さんと牛」新美南吉(青空文庫)
原文を読む
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