お伽草紙(太宰治)のあらすじ・登場人物
防空壕で語り直す四つの昔話
- 幻想
- 風刺
- 文字数
- 71,130字
- 読了目安
- 約2時間22分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1945年10月に筑摩書房から刊行された、昔話を語り直す短編集。空襲の砲声を聞いた父親が、家族と防空壕へ入り、幼い娘のために絵本を開く。声に出して読むのは子供向けの話だが、その胸の中には別の物語が浮かんでくる。この枠組みから「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の四編が始まる。誰もが知る筋の人物たちに、気まずい家庭での居場所や相手への思い込みなど、大人の生活の手触りが与えられてゆく。語り手は昔話の出典にも言及する一方、手元で確かめられないところでは、自分の想像を差し挟むことを隠さない。人物の気持ちを考えるうちに話が脇へそれ、その脱線自体が可笑しさや切なさを生む。戦時下の窮屈な避難場所と、頭の中で広がる自由な物語との取り合わせも印象的。昔話の懐かしさを入り口に、太宰の饒舌な語りを味わえる。
あらすじ
防空壕の中、絵本を読みながら父親の胸中に紡がれる四つの物語。「瘤取り」では、宴会好きのお爺さんが鬼の宴に飛び入りして踊り、瘤を取られる。隣の生真面目なお爺さんは同じことをして瘤を二つ付けられる。罪も無いのに不幸になる、性格の悲喜劇である。「浦島さん」では、上品ぶった浦島太郎が皮肉屋の亀に連れられて竜宮へ行き、乙姫の無言の歓待を受ける。開けて三百歳になった玉手箱すら、忘却という慈悲であったと語られる。「カチカチ山」は、三十七歳の醜い狸が十六歳の美少女のような兎に惚れた悲劇として語り直され、泥舟に沈みながら狸が漏らす「惚れたが因果」の一言に尽きる顛末をたどる。「舌切雀」では、無口な意気地なしのお爺さんと、がめつく世話焼きのお婆さんの夫婦の行き違いが描かれ、お婆さんは大きな葛籠を背負ったまま雪の中で息絶える。葛籠の金貨で出世したお爺さんは、世辞を聞くたびに幽かに苦笑して呟くのだった。「いや、女房のおかげです。あれには、苦労をかけました」。
登場人物
- 父 防空壕で絵本を読みながら物語を紡ぐ作家
- 瘤取りのお爺さん 鬼の宴で踊って瘤を取られる酒好きの老人
- 浦島太郎 丹後水の江の上品な長男
- カチカチ山の狸 兎に惚れた三十七歳の醜男
- 舌切雀のお爺さん 無口な意気地なしの老人
冒頭部(原文より)
「あ、鳴つた。」と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「お伽草紙」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
この金貨のおかげかどうか、お爺さんは、のち間もなく仕官して、やがて一国の宰相の地位にまで昇つたといふ。世人はこれを、雀大臣と呼んで、この出世も、かれの往年の雀に対する愛情の結実であるといふ工合ひに取沙汰したが、しかし、お爺さんは、そのやうなお世辞を聞く度毎に、幽かに苦笑して、「いや、女房のおかげです。あれには、苦労をかけました。」と言つたさうだ。
「お伽草紙」太宰治(青空文庫)
名文
性格の悲喜劇といふものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れてゐます。
昔話を語り直した連作の一篇「瘤取り」の結び。悪人の一人もいない物語でなぜ不幸が起こるのかという問いに、作者が答える言葉。
原文を読む
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