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ピアノ(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

廃墟の藜のなかで、ピアノが鳴った

  • 怪奇

芥川龍之介 1925年(大正14年)5月 「新小説」

文字数
1,384字
読了目安
約3分
表記
新字旧仮名
種別
随筆
舞台
  • 神奈川県

この作品について

関東大震災から二年後の横浜山手。崩れた家の跡の藜のなかに、蓋を開けたままのピアノが残っていた——誰も触れていないはずのそのピアノが、月の光のなかでかすかに音を発する。芥川龍之介が震災後の廃墟で書きとめた、三ページほどの小品。怪異とも詩ともつかない余韻が残る。

あらすじ

ある雨の秋の日、「わたし」は人を訪ねて横浜の山手を歩いていた。この辺りの荒廃は震災当時とほとんど変わっていない。崩れた家の跡には、蓋を開けた弓なりのピアノが、半ば壁にひしがれたまま、つややかに鍵盤を濡らしていた。まわりの藜のなかには、桃色や水色の表紙の譜本が散らばっている。用談は長引き、夜に入ってから辞去した。雨は上がり、月が風立った空に光を洩らしている。汽車に遅れまいと足を早めたそのとき、突然、誰かがピアノに触れた音が聞こえた。振り返っても人影はどこにもない。ピアノはちょうど月の光に細長い鍵盤を仄めかせているだけだった。無気味になって足を早めると、背後でもう一度かすかに音が鳴った。——数日後、ふたたび同じ道を通った「わたし」は、明るい日の光のなかでそのピアノに歩み寄ってみる。象牙の光沢は失われ、蓋の漆は剥落し、脚には蔓草がからみついていた。「第一これでも鳴るのかしら」。そう独り言を言うと、ピアノはその拍子にたちまちかすかな音を発した。驚きよりも微笑が浮かんだ。鍵盤の上には、いつのまにか落ち栗が一つ転がっている。気がつけば、スレートの屋根に押されて斜めに傾いた栗の木が、ピアノを覆っていたのだった。けれどもそれはどちらでもよかった、と「わたし」は書く。

冒頭部(原文より)

 或雨のふる秋の日、わたしは或人を訪ねる為に横浜の山手を歩いて行つた。この辺の荒廃は震災当時と殆ど変つてゐなかつた。若し少しでも変つてゐるとすれば、それは一面にスレヱトの屋根や煉瓦の壁の落ち重なつた中に藜の伸びてゐるだけだつた。現に或家の崩れた跡には蓋をあけた弓なりのピアノさへ、半ば壁にひしがれたまゝ、つややかに鍵盤を濡らしてゐた。

「ピアノ」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

 わたしは往来へ引き返した後、もう一度この廃墟をふり返つた。やつと気のついた栗の木はスレヱトの屋根に押されたまま、斜めにピアノを蔽つてゐた。けれどもそれはどちらでも好かつた。わたしは只藜の中の弓なりのピアノに目を注いだ。あの去年の震災以来、誰も知らぬ音を保つてゐたピアノに。

「ピアノ」芥川龍之介(青空文庫)

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