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連環記(幸田露伴)のあらすじ・登場人物

縁が環になって連なる

  • 歴史

幸田露伴 1941年(昭和16年)4月 「日本評論」

文字数
49,081字
読了目安
約1時間38分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

幸田露伴が1941年(昭和16年)に「日本評論」に連載した晩年の傑作。平安中期の文人・慶滋保胤(のち出家して寂心)と、三河守の座を捨てて出家し、宋へ渡った大江定基(寂照)の二人を軸に、赤染衛門、源信、藤原道長ら同時代の人びとや、宋の丁謂らを環のようにつないで描く。人と人の縁が連なっていくさまを、漢詩文の教養に裏打ちされた雅俗混交の語りで綴った、露伴の史伝文学の到達点の一つである。

あらすじ

平安中期、陰陽家の賀茂忠行の子に生まれた慶滋保胤は、儒者の道を選び、才学に優れながら、牛馬の苦しみにも涙し、困った女に自分の石帯を与えて公事に出られなくなるほど、世渡りに疎い慈悲深い人物だった。やがて世を厭って出家し、寂心と名乗る。同じ時代には、のちに寂心を師とする大江定基がいた。三河守となった定基は、愛妾の死に無常を悟り、またある日鏡を売りに来た貧しい女を救ったことをきっかけに、官を捨てて東山の寂心のもとに走り、寂照となる。寂照は源信(恵心)の指導も受けて修行を重ね、のち宋に渡って、その地で高僧として厚く遇された。作は、保胤・定基の周辺に、赤染衛門とその母をめぐる逸話、藤原道長の時代の空気、さらに宋の丁謂の事蹟までを環のようにたどり、縁の連なりとして人の世の移ろいを見つめる。丁謂は後に海南に流され、そこで『天香伝』を著し、香を焚いて端坐して世を去ったと結ばれる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 慶滋保胤は賀茂忠行の第二子として生れた。兄の保憲は累代の家の業を嗣いで、陰陽博士、天文博士となり、賀茂氏の宗として、其系図に輝いている。保胤はこれに譲ったというのでもあるまいが、自分は当時の儒家であり詞雄であった菅原文時の弟子となって文章生となり、姓の文字を改めて、慶滋とした。

「連環記」幸田露伴(青空文庫)

末尾部(原文より)

 実に専ら香事を論賛したものは、天香伝が最初であって、そして今に伝わっているのである。かくて香に参した此人の終りは、宋人魏泰の東軒筆録に記されている。曰く、丁晋公臨終前半月、已に食はず、但香を焚いて危坐し、黙して仏経を誦す、沈香の煎湯を以て時々少許を呷る、神識乱れず、衣冠を正し、奄然として化し去ると。

「連環記」幸田露伴(青空文庫)

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