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蘆声(幸田露伴)のあらすじ・登場人物

中川べりで出会った釣りの少年

  • 心理

幸田露伴 1928年(昭和3年)10月

文字数
10,102字
読了目安
約20分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1928年(昭和3年)10月の日付を持つ幸田露伴の短編。三十余年前、まだ閑寂だった東京東郊の中川べりで釣りを覚えたての「自分」が、秋の彼岸の少し前のある日、いつもの釣り場に先客の少年を見つける。杭に釘を打ち、餌を撒いて自分で整えてきた場所を譲ってほしいと頼む大人と、粗末な竿と箸の浮子で黙って水面を見つめる子ども。蘆の茂る洲や潮の満ち引き、仕掛けや餌の扱いといった釣りの細部が確かな筆で描かれ、ぎこちなく始まった二人のやりとりが、半日のうちに少しずつ変わっていく。釣りを愛した露伴が、川辺での一日の出会いを静かに回想した作品だ。

あらすじ

三十余年前、「自分」は毎日のように中川べりの西袋へ釣りに通っていた。秋の彼岸前のある日、いつもの場所に汚れた身なりの少年が座り、穂先の折れた竿と箸の浮子で釣っている。自分は、杭に釘を打ち餌団子を撒いてきた事情を話して場所を譲ってもらうが、「根が遊びだから」と言ったことで、少年は「俺が遊びだとは定ってやしない」と怒る。浮子釣りに苦労する少年に沈子と餌を分けてやると、少年は素直に受け取り、自分でシカケを直した。聞けば、母親に魚でも釣って来いと言いつけられており、昨日は鮒なんか不味いと叱られたという。本当の母ではないと察した自分が口にすると、少年は黙って頭を下げた。自分はセイゴやフッコを釣り上げ、少年は網で手伝ったが、少年の獲物は鮒一尾だけだった。帰り際、余った餌を入れる器もない少年は、明日会ったら少しおくれと言って分別のあるところを見せる。実の母は去年亡くなり、父は亀有へ働きに出ているとわかり、今の母にいじめられるのかと問うと、少年は涙を落としながら「ナーニ、俺が馬鹿なんだ」と答えた。その心根に打たれた自分は、餌を土で団めてもらう礼として釣った魚を分け、少年はセイゴ二尾を受け取って、夕暮れの堤を川上へ帰っていった。翌日も翌々日も西袋へ出かけたが、少年に再び会うことはなかった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 今を距ること三十余年も前の事であった。  今において回顧すれば、その頃の自分は十二分の幸福というほどではなくとも、少くも安康の生活に浸って、朝夕を心にかかる雲もなくすがすがしく送っていたのであった。  心身共に生気に充ちていたのであったから、毎日〻〻の朝を、まだ薄靄が村の田の面や畔の樹の梢を籠めているほどの夙さに起出て、そして九時か九時半かという頃までには、もう一家の生活を支えるための仕事は終えてしまって、それから後はおちついた寛やかな気分で、読書や研究に従事し、あるいは訪客に接して談論したり、午後の倦んだ時分には、そこらを散策したりしたものであった。

「蘆声」幸田露伴(青空文庫)

末尾部(原文より)

 その翌日も翌〻日も自分は同じ西袋へ出かけた。しかしどうした事かその少年に復び会うことはなかった。  西袋の釣はその歳限りでやめた。が、今でも時〻その日その場の情景を想い出す。そして現社会の何処かにその少年が既に立派な、社会に対しての理解ある紳士となって存在しているように想えてならぬのである。

「蘆声」幸田露伴(青空文庫)

原文を読む

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