狼疾記(中島敦)のあらすじ・登場人物
存在の不安に憑かれた青年
- 心理
- 文字数
- 23,543字
- 読了目安
- 約47分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
中島敦の短編。題は『孟子』の一節に由来し、冒頭にその文句が掲げられる。未完の長編「北方行」の草稿をもとに書き直され、1942(昭和17)年11月刊の第二創作集『南島譚』に、「かめれおん日記」とともに「過去帳」の総題で収められた。主人公の三造は、港町に独りで住み、週に二日だけ女学校で博物を教える青年。映画館で南洋の記録映画を見たことをきっかけに、子どもの頃から抱えてきた「存在の不確かさ」への不安を思い返していく。作中にはカフカの小説「窖」を読む場面もある。
あらすじ
女学校の博物の講師を週二日勤める三造は、ある日映画館で南洋の土人の生活を写した記録映画を見て、久しく忘れていた不安がよみがえるのを感じる。自分も彼らの一人として生まれたかもしれない、世界は偶然の仮象の集まりではないかという、中学生の頃からの存在の不確かさへの不安。さらに小学四年のとき、教師から地球が冷え人類が滅び太陽さえ消えると聞かされて以来、彼の生活の底には、すべては無意味だという暗い流れが響き続けていた。父を亡くして係累のなくなった三造は、遺産をもとに、出世を求めず日々を味わう生き方を選んだが、二年たった今、その独り住まいの乏しさに倦んでいる。学校では、職員の誰もが馬鹿にする事務のM氏が、詐欺まがいの『日本名婦伝』に載った妻の記事を得意げに見せに来る。その夜、M氏に誘われておでん屋で飲むうち、M氏は、人生は螺旋階段を登るようなものだという感想を、ひどくまわりくどい言葉で語る。三造は、M氏の愚かさにもそれなりの必然性があり、自分たちの価値判断の標準を絶対と考えるのは自惚れではないかと考え始める。酔った三造の内には、悟ったふりをする自分を激しくなじる声が湧き起こる。気がつくと彼は、弁天通の真珠店の飾窓にもたれて半ば眠っていた。窓の中で静かに光る真珠を眺めたあと、三造は人通りのない街を浮かれ歩いた。
登場人物
- 三造 女学校の博物の講師。存在の不確かさへの不安を抱えて独り暮らしをする
- M氏 学校の事務員。風采が奇怪で、職員たちから馬鹿にされている五十過ぎの男
冒頭部(原文より)
養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。 ――孟子―― 一 スクリインの上では南洋土人の生活の実写がうつされていた。眼の細い・唇の厚い・鼻のつぶれた土人の女たちが、腰にちょっと布片を捲いただけで、乳房をぶらぶらさせながら、前に置いた皿のようなものの中から、何か頻りにつまんで喰べている。米の飯らしい。丸裸の男の児が駈けて来る。彼も急いでその米をつまんで口に入れる。口一杯頬張りながら眩しそうに此方へ向けた顔には、眼の上と口の周囲とに膿み爛れた腫物が出来ている。男の児はまた向うをむいて喰べ始める。
「狼疾記」中島敦(青空文庫)
末尾部(原文より)
目の前の飾窓の中では、真珠たちが、黒い天鵞絨の艶やかな褥の上に、ふかぶかと光を収めて静まっている。電燈の工合で、白い珠の一つ一つが、それぞれ乳色に鈍く艶を消したり、うす蒼く微かな翳をもったりして、並んでいる。三造は酔ざめの眼で、驚き顔にそれをぼんやり眺めた。それから窓際を離れ、しばらくの間M氏のことも先刻の自己苛責のことも忘れて、人通りの無い街を浮かれ歩いた。
「狼疾記」中島敦(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。