奈々子(伊藤左千夫)のあらすじ・登場人物
幼い娘と過ごした最後の日々
- 家族
- 文字数
- 9,489字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
伊藤左千夫の短篇。幼い娘奈々子の愛らしい日々と、その病、そして死を、父である「自分」の視点で淡々と描く。『野菊の墓』の作者が、自身の家庭を材にして書いた作品とされ、子を失う父の悲しみを抑えた筆致で伝える。
あらすじ
物語は、奈々子が初めて「わたい」という言葉を覚えた朝から始まる。姉たちの大人下駄をはいて外へ出ようとする姿に、父も母も思わず笑みを浮かべる。鶏の雛を追い込む姉たちを見に行く奈々子は、父の姿を見つけて片言で呼びかける。何気ない朝の風景が、愛情と共に細やかに描かれる。やがて奈々子は病に倒れ、夜が明けたらこの子はどうなるかと父は恐る恐る考える。念仏を数十遍唱えても心の痛みは軽くならず、父は疲れ果て、どうなってもしかたがないという気持ちになる。末尾には「明治四十二年九月」とある。
冒頭部(原文より)
その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。自分が嗽に立って台所へ出た時、奈々子は姉なるものの大人下駄をはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉の火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は、
「奈々子」伊藤左千夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
夜が明けたらこの子はどうなるかと、恐る恐る考えた。それと等しく自分の心持ちもどうなるかと考えられる。そしてそういうことを考えるのを、非常に気味わるく恐ろしく感じた。自分は思わず口のうちで念仏を始めた。そうして数十ペん唱えた。しかしいくら念仏を唱えても、今の自分の心の痛みが少しも軽くなると思えなかった。ただ自分は非常に疲れを覚えた。気の張りが全く衰えてどうなってもしかたがないというような心持ちになってしまった。 (明治四十二年九月)
「奈々子」伊藤左千夫(青空文庫)
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