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佐橋甚五郎(森鴎外)のあらすじ・登場人物

朝鮮使節の中の見知った顔

  • 歴史

森鴎外 1913年(大正2年)4月 「中央公論」

文字数
6,308字
読了目安
約13分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 静岡県

この作品について

『中央公論』1913年4月号に発表された歴史小説。慶長十二年、朝鮮から来た通信使の一行を駿府で引見した徳川家康が、随員の一人を「あれは佐橋甚五郎だ」と言い当てる場面から始まり、若き日の小姓甚五郎の事件へと遡る。作者は末尾で、『続武家閑話』に拠ったこと、佐橋家の家譜や『甲子夜話』には異説があることを断っている。短い場面を畳みかける簡潔な文体で、伝説の人物の運命を描く。

あらすじ

慶長十二年、朝鮮から来た使節が駿府で家康に謁見する。退出する一行を見送った家康は、広縁に控えていた上々官の三人目を指し、あれは天正十一年に浜松から逐電した佐橋甚五郎だと言い切る。誰も覚えがなく、使に問わせても知らないと答えた。物語は甚五郎の若い頃へ遡る。信康の小姓で、武芸と笛に長けた甚五郎は、鷺を鉄砲で撃つ賭けのあと、同輩の蜂谷の由緒ある大小を所望して揉め、蜂谷を当身で死なせて出奔する。従兄が助命を願うと、家康は武田方の甘利を討てば許すと言う。甚五郎は小山城で甘利に寵愛される若衆として近づき、月夜の宴の果て、笛を吹きながら甘利を刺し殺して帰参した。ところが天正十一年、家康が「あれは手放しては使いとうない。甘利はあれをわが子のように可愛がっていた」と洩らすのを聞くと、甚五郎は鼻から息をもらして頷き、座を立ってそのまま姿を消す。慶長十二年に現れた使節の男が本当に甚五郎だったのかは、誰にもわからなかった。ただ後に、佐橋家に朝鮮人参の上品が多く蓄えられているのが知れた。

登場人物

冒頭部(原文より)

中一年置いて慶長十二年四月に、朝鮮から始めての使が来た。もう家康は駿府に隠居していたので、京都に着いた使は、最初に江戸へ往けという指図を受けた。

「佐橋甚五郎」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

天正十一年に浜松を立ち退いた甚五郎が、はたして慶長十二年に朝鮮から喬僉知と名のって来たか。それともそう見えたのは家康の僻目であったか。確かな事は誰にもわからなんだ。佐橋家のものは人に問われても、いっこう知らぬと言い張った。しかし佐橋家で、根が人形のように育った人参の上品を、非常に多く貯えていることが後に知れて、あれはどうして手に入れたものか、といぶかしがるものがあった。

「佐橋甚五郎」森鴎外(青空文庫)

原文を読む

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