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山麓(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

山麓に落ちた雉の柔らかな音

  • 心理

坂口安吾 1933年(昭和8年)4月 「東洋大学新聞」

文字数
1,680字
読了目安
約3分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

山麓の友人宅に身を寄せる疲れた「私」が、毎日狩猟に出かける友人と、その妻の気配、獲物の雉がもたらした「柔かな音」を感じとる掌編。感覚的な比喩の連なりが印象的な、一場面を切りとった作品。初出は「東洋大学新聞」第101号(1933年4月30日)。

あらすじ

疲れた「私」は、遠い山麓にある友人・信夫の家に滞在している。信夫は健康で、アイヌ族のような鼻髭をたくわえ、毎日エアデル犬を連れて白樺の林へ猟に出るが、獲物をとってきたことがない。留守の昼、私は家の中を漂う信夫の奥さんの気配を感じ、遠い鉄砲の音に聞き耳を立てる女を思う。ある暗い黄昏、信夫は裏門から帰ってきて縁側に立ち、私と妻の顔を代わる代わる眺めながら黙って笑っていた。やがて妻が笑いだすと、信夫は大声で哄笑し、後ろ手に隠していた大きな獲物を縁側に置く。それは雉で、まるみのある柔かい音がした。私はその音に、私の知らなかった生き生きとした新鮮さを感じる。妻は雉を膝にのせて、きれいな鳥ね、血があまり出ないのね、とつぶやく。信夫は「生きているより、よっぽど無邪気に見えるじゃないか」と言う。私はその言葉に異様な同感を味わい、いつか健康を取り戻した日には、自分も二連銃をかけて荒涼とした山麓を歩きたいと思うのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 あの頃私は疲れてゐた。遠い山麓の信夫の家で疲れた古い手を眺めてゐた、あの頃。  山麓の一人の女、信夫の奥さんと顔をあはせる。さうすると、ひつそりした山麓の空気が私の鼻先の部分だけ小さくびる/\と震え、そこに出来た小つちやな真空の中へ冷めたい花粉が溢れてきて、空気の隙間をとほり、私の耳の周りをもや/\して、こまつちやくれた秋風となつて、私の額へ癇癪と考へ深い皺を刻み消え失せていつてしまふ。私は自分の疲れを掌へ載せてみて、当惑した顔を顰め、重さのない爽やかな日が再び私にあるのかと思ひつゞけた。

「山麓」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私はその日が暮れ落ちて大きな夜が迫つてから、変に乾いた感じのする紙屑のやうな映像が顳にこびりついてしやうがなかつた。男の背中から取り出されたまるみのある柔かい音、そして、生きてゐるより無邪気ぢやないかといふ黄昏の中の鼻髭、私はその言葉の中に異様なそして身にせまる同感を味はひ、侘びしすぎる同感の底で死んだ鳥の多彩な羽毛を目に泛べてそれを綺麗だと思つた。そして指のまたの凝血を拭ふ女の花車な指つきを感じた。  その夜、私は、いつか健康を取戻した日、私も二連銃を肩にかけて、荒涼とした山麓をひそやかに通りたいと思ひつゞけた。

「山麓」坂口安吾(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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