町の踊り場(徳田秋声)のあらすじ・登場人物
姉を想う旅と都会の踊り場
- 心理
- 文字数
- 8,942字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
徳田秋声が1933年(昭和8年)、「経済往来」に発表した短編小説。自然主義文学の巨匠・秋声晩年の作である。田舎の姉の危篤の報せに帰郷する「私」の旅と、姉の七十年の生涯への回想を、都会で通うダンスホール(踊り場)の享楽と交錯させて描く。老いと死、家族の記憶、そして根を失った近代人の孤独を、枯淡の筆致で綴った一編である。
あらすじ
紋附が嫌いで、葬礼にも洋服で出かける「私」は、田舎の姉が危篤だという電報を受け取り、息のあるうちに言葉を交わしたいと、久しく帰る機縁もなかった故郷へ向かう。だが駅に着いてみると、姉はすでに、汽車が長野か小諸あたりを通過していた夜半に、七十年の生涯を終えていた。軽井沢を過ぎ、静かになった客車のなかで、「私」は姉の一生を、風に吹き飛ばされる雲のように思い浮かべる――町で評判だった美しい花嫁時代、遠い国の鉱山に働く夫の留守を守り、小さな葉茶屋の店を支えながら幾人もの子を育てた三十年、そして去年の夫との死別まで。故郷では、鮎を食べにと立ち寄った料理屋で、あるはずの鮎がないと言われ、「私」はどこか神経の苛立つ思いをする。姉の死をめぐる帰郷の旅と、都会で「私」が通うダンスホール(踊り場)の享楽とが、静かに交錯してゆく。踊り場で身体を動かせば、憂欝な頭脳もいっとき爽やかになる――帰宅した「私」は、広い青蚊帳のなかで甘い眠りに落ちる。老いと死、家族の記憶、そして根を失った近代人の孤独を、自然主義の巨匠・秋声が枯淡の筆致で綴った一編である。
登場人物
- 私 紋附を嫌う初老の男。田舎の姉の危篤の報せに帰郷するが姉は既に亡く、その生涯を回想しながら、都会ではダンスホールに通う
- 姉 「私」の姉。美しい花嫁時代を経て、鉱山に働く夫の留守を守り、葉茶屋を支えて子を育てあげ、七十年の生涯を終える
冒頭部(原文より)
夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。紋附は何か槍だの弓だの、それから封建時代の祖先を思はせる。それに、和服は何かべらべらしてゐて、体にしつくり来ないし、気持までがルウズになるうへに、ひどく手数のかゝる服装でもある。 私は田舎の姉が危篤だといふ電報を受取つて、息のあるうちに言葉を交したいと思つたのである。さういふことでもなければ、帰る機縁の殆んどなくなつた私の故郷であつた。
「町の踊り場」徳田秋声(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は二枚ばかりのチケットをポケットに残して、アトリエを出た。筋肉運動が、憂欝な私の頭脳を爽かにした。 帰ると直ぐ、私は客間につられた広い青蚊帳のなかで、甘い眠りに陥ちた。
「町の踊り場」徳田秋声(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。