和解(徳田秋声)のあらすじ・登場人物
同門の旧友と再び向き合う
- 心理
- 文字数
- 12,887字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
「新潮」1933(昭和8)年6月号に発表された徳田秋声の短編。作品の発表の場が少なくなっていた秋声が、同じ年の「町の踊り場」「死に親しむ」とともに文壇に復活したとされる作品の一つで、泉鏡花の弟斜汀が秋声宅の敷地内のアパートに身を寄せた出来事をもとに、長く疎遠になっていた鏡花との間柄を描いている。作中では鏡花はK―、斜汀はT―、師の尾崎紅葉はO―先生と頭文字で記される。家を追われたT―が「私」の裏庭のアパートに転がり込む春の夕方から語り起こされ、ダンス教習所通いや円タクの走る昭和の街の風俗と、牛込横寺町の紅葉門下時代の記憶が交差する。
あらすじ
春の夕方、「私」のもとにT―が来て、家を釘づけにされたので一時アパートに置いてほしいと頼む。T―は、師O―先生の同門でありながら長く疎遠になっている友人K―の弟で、天才肌の兄とは不仲だった。「私」は三階の六畳を貸すが、まもなくT―は高熱で倒れる。細君は知らない医者を嫌って診察が遅れ、婦人科の浦上ドクトルは脳膜炎と診立て、病状は重くなっていく。「私」はK―の家へ電話し、K―の代理として旧知の毛利氏が駆けつけて金を預け、医者探しに奔走する。帝大のF―学士は敗血病らしいと言い、T―は寝台車で病院へ運ばれる。その夜、K―が「私」を訪ねて礼を述べ、「私」は「高野聖」までの彼の芸術と昔の友情を思い返す。しかし病院に駆けつけたときにはT―は既に亡くなっていて、若い細君は遺骸に取りすがって愛着の言葉を口にし続けた。告別式は二人に思い出深い横寺町の寺で行われ、帰りに「私」とK―はO―先生の旧居と、昔の塾の跡を訪ねる。かつて同じ鍋の飯を食べた仲間は皆死に、反目の理由が「私」の心から取り除かれたことで、二人の間には前より和やかな友誼が戻る。後日、K―は土産を持って改めて訪ね、誰よりも自分が先生に愛されていたことなどを一席弁じて帰り、「私」は軽い当て身を喰ったような気がする。
登場人物
- 私 老境の作家。裏の空地に小さなアパートを建てている
- T― K―の弟。家を追われて「私」のアパートに移り、急病に倒れる
- K― 「私」とO―先生の同門の作家。長く「私」と疎遠になっている
- M―子 「私」の身近にいる女性。ダンスのパートナーにもなる
- 毛利 K―の古い弟子格のファン。K―の代理として駆けつける
- 浦上ドクトル T―を診る婦人科の医者
- T―の細君 T―と五年来同棲してきた若い女性
冒頭部(原文より)
奥の六畳に、私はM―子と火鉢の間に対坐してゐた。晩飯には少し間があるが、晩飯を済したのでは、夜の部の映画を見るのに時間が遅すぎる――ちやうどさう云つた時刻であつた。陽気が春めいて来てから、私は何となく出癖がついてゐた。日に一度くらゐ洋服を著て靴をはいて街へ出てみないと、何か憂鬱であつた。
「和解」徳田秋声(青空文庫)
末尾部(原文より)
数日たつて、若い未亡人が、K―からの少なからぬ手当を受取つて、サクラをつれて田舎へ帰つてから、私達は銀座裏にある、K―達の行きつけの家で、一夕会食をした。そしてそれから又幾日かを過ぎて、K―は或日自身がくさくさの土産をもつて、更めて私を訪ねた。そして誰よりもK―が先生に愛されてゐたことと、客分として誰よりも優遇されてゐた私自身が一つも不平を言ふところがない筈だことと、それから病的に犬を恐れる彼の恐怖癖を、独得の話術の巧さで一席弁ずると、そこそこに帰つていつた。 私は又た何か軽い当味を喰つたやうな気がした。
「和解」徳田秋声(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。